2016年に入ってからのEDMシーンには、EDM終焉待望論者が喜ぶようなニュースがあふれかえっています。
そのうち最大のものは、“TomorrowWorld (Tomorrowlandではない)”、“Electric Zoo”、“Sensation”などのビッグ・フェスティバル、世界最大のダンスミュージック配信サイトbeatportなどを所有していたSFX Entertainmentが、本拠地のアメリカで連邦倒産法第11章(日本の民事再生法に同等)の適用を申請、それに基づき、再建に向けて努力することになってしまったことがあります。
続いてのニュースは、世界最大のエレクロニック・ミュージック・イベント“EDC Las Vegas”などを運営するInsomniacが、EDC Puerto Rico、Beyond Wonderlandをキャンセル、日本のEDC Japanも延期にしたというものでした。
そして、ここに来て、オーストラリア最大のダンス・ミュージック・イベント“Stereosonic”にも休止の報道が流れています。
さらに、Las Vegasに新しくオープンするクラブは、いわゆる“スーパースターDJ”をブッキングしないとコメントし、Aviciiはライヴ・パフォーマンスからの、今年限りでの引退を発表しました。
これだけのことが短期間で起きたら、それは「EDMはもう終わり」という論調は当然出てくるでしょう。
そこで、ちょっと冷静に状況を分析してみたいと思います。まず、SFXの破綻ですが、これは“EDM”だけではなく、“ダンス・ミュージック”全体にとって影響のある出来事です。大きなフェスのメインステージがEDM系のトップDJに占められているから、SFX=“EDM”と考えるのは間違いです。実際、ほとんどのダンス・フェスでは、サブステージでハウスやテクノ、ベース・ミュージックなど、幅広いダンス・ミュージックが展開されています。SFX傘下のフェスティバルには“Rock In Rio”、“Mayday”、“Q Dance”なんていう、メインストリームEDMとはあまり関係のないものまであります。実際に、SFX関係のイベントで、チケットの売れ行きが思わしくなくてキャンセルになったのは、EDM系ではなくテクノ・ハウス系フェスの“One Tribe”でした。これはbeatportにも、SFX傘下で連邦倒産法の対象にならなかった“Stereosonic”にも当てはまります。ちなみに“Stereosonic”休止の理由は、収支ではなく、死者が出たからと伝えられています。
Insomniacは、今回のキャンセルに関して、他の都市、他のイベントに力を注ぎたいという声明を出しており、こちらも入場者数とは関係がなく、それらのイベントはいつも好調であったと述べています。
Las Vegasの件は、Wynn Las Vegas関係者の発言なので、David Guetta、Avicii、Alessoらが出演するXS Las Vegasには影響してくるでしょうが、Las VegasのEDMシーンに大きな影響力を持つHakkasanやOmnia、The Lightからのコメントではない点に注目です。Page Sixの記事は、いかにもLas Vegas全体がスーパースターDJを排除するような見出しになっていますが、Wynnがライバルとのブッキング競争から降りただけとも言えます。実際、Hakkasan Groupが発表した2016年のラインナップは、Calvin Harris、Tiëstoをはじめ、EDM系のスーパースターDJで固められています
Aviciiは、mixmagの記事にもありますが、超人的なスケジュールをこなすのが無理だったというだけで、これもEDMブームの終焉を意味するものではありません
では、EDMはまだまだ好調なのか?という話になるわけですが、音楽としてのEDMと、イベント関連のEDMシーンとは別物なわけです。イベント関連は、SFXが破綻したことにより、ダンスミュージック・イベント・シーン全体の成長が止まるので、アメリカで一時的に下降線になることは避けられないでしょう。とはいえ、SFXは再建中ですから、来年以降どうなるかは誰にもわかりません。EDMシーンの市場規模は2013年までは爆発的な勢いで伸びており、2014年以降は成熟期に入っていると見られ、これ以上の急速な巨大化はほぼ見込めないと思いますが、それはEDMシーンがなくなることを意味するものではありません。2015年のアメリカでは140万人がダンス・ミュージック・イベントに参加しているとのことで、これだけの規模になったものが消滅した例は過去にありません。ダンス・ミュージック・イベントは、すでにロック・フェスのように独自の地位を確立していると言ってよいはずです。さらに、数年遅れでシーンが進行しているアジアや南米には、まだ大きな伸びしろがあり、世界的にはピークを打っていない可能性もあります。
では、音楽としてのEDMはどうかと言うと、EDMはすでにセールス的に大きなシェアのジャンルとなっていて、これももはや消滅すると考えるほうに無理があります。こちらは、昨年の「Lean On」の大ヒットにも見られるように、まだ成長する余地さえあります。将来的には、ロック、ポップ、ヒップホップ+R&B、EDMの4ジャンルが、若者向けの音楽という形で定着することになると考えるのが自然です。
まとめると「イベントを中心とするEDMシーンは北米では停滞、下降する可能性が高いが、世界的には、アジア、南米を中心に、まだ成長の余地がある。音楽のEDMには、現時点で失速の兆候はない」というのが、僕の主に客観的事実に基づく見解です。
一方で、DJの出演料高騰などによる、プロモーターの収支悪化は、SFXの破綻を見るまでもなく、事実としてあるでしょう。その点では、DJ出演料のバブル崩壊はありえます。実際、北米ではBass系ローカルDJのブッキングが増えていますが、それが収支改善のための策であろうことは、容易に想像がつきます。もっとも、EDM DJの出演料が高いのは、彼らが自分たちのヒット曲を中心にプレイする“アーティストDJ”だからであり、その金額が、曲をつないでいく従来のDJのギャラより高いのは当然のことです。集客力も違うのですから。
では、DJ出演料のバブルが崩壊したら、スーパースターDJ達は、Page Sixが言うように50%ものカットという条件をのむでしょうか? 僕は、そこには?がつくと考えます。というのは、現在トップDJとして活躍しているのは、ほとんどがヨーロッパのDJだからです。ヨーロッパには、北米とは違い、’80年代からのハウス・ミュージックの流れにあるダンス・ミュージック・カルチャーが定着しています。実際、夏のイビサでは、彼らはLas Vegasのクラブと交わすような高額の契約条件を要求せずプレイします。彼らにとっては、本拠地はあくまでヨーロッパであり、Vegasでのプレイは好条件の季節労働的なものでしかないのです。Vegasのクラブが「DJはもはや最も重要な要因ではなくなった」、EDMクラウドを「クールではない」と酷評するのは自由ですが、ヨーロッパのDJたちにとって、Vegasはそもそも音楽的には重要な都市ではないのです。EDM Chicagoは「ベガスのクラブにとって、EDMは死にかかっているアトラクションかもしれないが、それは生きていて、呼吸していて、アイディアを拡大している」と述べ、beatportは「ベガスではトレンドに乗って儲けるのはいつものことだ」と記しています。ストリップやカジノに加わる形で流行した、EDM DJというアトラクションがベガスで終了したとして、そこには音楽的に大きな意味はないのです。これはベガス・スタイルを見本とする多くのアジアのクラブにも当てはまるお話でしょう。そこには音楽文化はないのです。
(4/7追記:“STEREOSONIC”から「2016年は休むが、2017年にはより大きく、良くなって戻ってくる」という公式アナウンスがありました。“TomorrowWorld”も来年以降の復活には含みを持たせており、2016年は、2017年以降に向けてダンスミュージック・フェスの再編が行われた年として記録されることになるでしょう)
(4/9追記:Hakkasan Groupが新しくオープンするJEWELのGRAND OPENING WEEKENDはSteve Aoki, The Chainsmokers, Lil Jonなどということで、Las Vegas全体がEDM離れしているわけではないことは、ここでも明らかですね。また、Hakkasan Group創業メンバーの一人、Alex Codovaさんってのが、いまはWynn Group所属なんですよ。ニュースの裏を読むのも大事ですね)
Tomo Hirata(2016/04/07)