トクマルシューゴ 誰も聴いたことのないポップ・ミュージックを追求し続ける 個性派インターナショナル・アーティスト


2004年にニューヨークのレーベル、Music Relatedから『Night Piece』をリリースして以来、国際的アーティストとして活躍するトクマルシューゴ。アメリカ/ヨーロッパでいち早く評価を受け、日本に先行する形で海外活動を重ねてきた人気者だ。’07年にサード・アルバム『EXIT』をリリースすると、国内での人気も急上昇。無印良品CMのサウンド・プロデュースや、IOC(国際オリンピック委員会)のスポットCM楽曲、NHK『トップランナー』『ニャンちゅうワールド放送局』の楽曲を担当するなど、活躍の場を広げている。

そんな彼が、待望のニュー・アルバム『Port Entropy』をリリースした。ZAK氏を招き制作した楽曲「Rum Hee」以外は、これまで同様、演奏、録音、ミックスの一切をトクマルシューゴ一人で行った注目作だ。その内容は、“総括ができた作品”と彼自身が語る通り、これまでに培ってきた独自の音楽性を、さらに突き詰めたもの。そこでは、何十種類もの楽器が共鳴し合う緻密なサウンドスケープと、心温まる類い希なメロディー・センスを堪能することができる。

ポップ・ミュージックの奥深き世界が詰まった『Port Entropy』。本作の内容と、彼の音楽観について、トクマルシューゴに話を聞いた。


【キャリアを総括したアルバム】

――トクマルシューゴさんは、海外からデビュー作『Night Piece』(’04)を発表して以来、リリースを重ねる毎に国内外で注目を集め、高い評価を得てきましたね。ここまでの音楽活動を振り返ってみて、現在の率直な気持ちは、どのようなものですか?

「この『Port Entropy』というアルバムをようやく出せた、という気持ちですね。僕は、これまでに3枚のアルバムをつくってきましたが、このアルバムでは、その総括ができた、という感覚があるんですよ」

――昨年ミニ・アルバム『Rum Hee』を出していますが、フル・アルバムとしては、前作『EXIT』(’07)から約2年半の期間が空きました。本当はもっと早く新作を出したかったそうですが、やはりツアーやライブ活動の方でかなり忙しかったんですか?

「それもありましたけど、制作自体に時間がかかりましたよね。時間をかけたかった、と言った方がいいかもしれません。『EXIT』を完成させた時点から、曲をずっとつくり続けて、50〜60曲くらいつくりましたから。そして、そこから曲を選ぶのにも時間をかけましたし、曲を完成させるのにも時間をかけましたね。どういう曲にしようかな、どういう作品にしようかなと、ずっと考えてました」

――具体的には、どのようなテーマやコンセプトの作品を考えていたんですか?

「とにかく良いモノを、ということでしたね。バンド編成でやりたいとか、弾き語りでやりたいとか、いろいろ考えはしたんですけど、そういうことじゃなくて、単純に今の状態で、今の自分が一人でできる一番良いものをつくりたかった。結局は、そこに落ち着きました。そういう意味で、これまでの総括ができた作品だと思っています」

――ちなみに、過去のアルバムは、作品毎にテーマやコンセプトを設けて制作したものなんですか?

「そうですね。例えば『EXIT』は、その前作『L.S.T.』(’05)の内容がちょっとドロドロしていたイメージだったんで、それをひっくり返したような作品にしようと思って、つくったものでしたね。それで、ちょっとあか抜けたというか、ポップで明るい作品になったんですよ」

――なるほど。

「で、そういったことも全部取り払ってやりたいな、と思ってつくったのが今作なんです」

【子供達のエントロピー】

――アルバム・タイトルとなった、“Port Entropy”という言葉の由来は何ですか?

「この言葉には…特に意味がないんですよ(笑)。僕の好きな音楽家に、ブルース・ハーク(Bruce Haack:’60〜’70年代に活躍した、電子音楽の巨匠。子供のための音楽や、“モンド”なシンセサイザー作品を数多く残している)という変わり者がいるんですけど、彼の作品に『Captain Entropy』(’73)というアルバムがあるんですよ。で、そのタイトルの感じがすごく良いなぁと思ったので、“entropy”(編注:エントロピーとは、物質や熱の拡散度や、情報量を表すパラメーターのこと)の部分をいただいて、“Port Entropy”というアルバム・タイトルにしました。深読みしてもらっても大丈夫だし…っていうくらいのニュアンスですかね(笑)」

――“port”という単語の方には、何か思い入れがあるんですか?

「いや、何もないです(笑)。語感的に、何となく良いかな、と。今作の楽曲タイトルには「Platform」「Tracking Elevator」「Drive-thru」「Suisha」とか、動きに関係するものが多いので、それの基準になったらいいかな、という気持ちもありましたけど、そんなに深い意味はないですね」

――本作のジャケットは、“Port Entropy”という言葉から連想してつくったものなんですか?

「前作と同じく、シャンソンシゲルという、僕の幼なじみに描いてもらいました。曲だけを聴かせて、あまりイメージを伝えずに絵を描いてもらったんですけど、いっぱい描いてもらった中から、この絵を選びましたね。僕の中に、今作のうっすらとしたイメージとして、子供達が一生懸命遊んでいる姿というものがあったんですけど、この絵はそのイメージを一番良く表現しているなって思ったんですよ」

――“子供達が一生懸命遊んでいる姿”ですか。いいですね。

「良い作品をつくろうと思った時、僕には、子供達が一生懸命遊んでいる姿をイメージしておくと良いものができる、という感覚があるんですよね。いろんな境遇の子供達を集めて、遊ばせておいて(笑)、それをうっすらとイメージしながらつくっていく…。『Port Entropy』の制作って、正にそんな感じでしたね」

【オリジナルな曲づくり】

――では、『Port Entropy』の曲づくりについても話を聞かせてください。トクマルさんは、かねてよりデジタル楽器を使わない/ライン録音を行わない、というポリシーで制作作業を行っていますが、本作においてもその点に変化はありませんでしたか?

「楽器に関しては、そうでしたね。今作も、生楽器のみを使いました。シンセも嫌いじゃないし、打ち込みも嫌いじゃないんで、本当はどんな楽器を使っても構わないんですけどね。でも、ソロ活動をスタートさせて、自分にしかできないものは何かって考えた時、それは、二度と再現できない生楽器の響きを使ったものだったんですよ。それで、生楽器を生演奏して、それをレコーディングしていく、という方法でやっていくことにしたんです。楽器を集めること自体が趣味だった、ということもありますけどね。昔からオモチャでも何でも、音が出るものに興味があったんですよ」

――本作でも、何十種類もの楽器を使用していますが、中でも特にポイントとなったものは何かありましたか?

「うーん。今作では、ピアノでしょうかね。初めて弾き語りっぽい感じで録った、3曲目の「Linne」では、キレイなピアノの音を録るのではなく、自分好みの音に変えたものを録しました。自分の中では意外と新鮮な作業でしたね。あとは、ダルシマーという変わった弦楽器を使いました。弦を叩いて音を出すんですけど、この楽器をメインで使ったのは、6曲目の「Laminate」ですね」

――本作の中で、アルバム全体の軸となった楽曲というのは、何かありましたか?

「そういった楽曲は特にないんですけど、曲順的には、2曲目「Tracking Elevator」がアルバムの軸になっていると思いますね。この曲は、完成するまでにすごく時間がかかりました。ようやくできた、って感じだったんですけど、個人的に気に入っています」

――ちなみに、この曲にはこの楽器の音がいいといった、各曲における楽器のチョイスは、どのように決めていくんですか?

「それは、曲をつくった最初の時点でイメージできていますね。曲のイメージが最初にでき上がっているので、それを具現化していくために様々な音を創っていく、といった感覚なんですよ」

――では、本作の制作で一番時間がかかった部分というのは、そのイメージに音を近づけていく作業だったんでしょうか?

「そうですね。この色とこの色を合わせて…みたいな、本当に些細な作業なんですけど、個人的にはそこがすごく重要なんです。自分にしか分からない感覚だと思うんですけど、絵画的でもあり、立体的なパズルっぽい感じでもある作業ですね。周波数ごとに色分けされているようなイメージなんですけど」

――音が色で見えるんですね。本作は、色で例えると、全体的にどんなものになりましたか?

「うーん。ジャケットにあるような、緑や青の感じでしょうか。今作は、意外と鮮やかな色合いだと思います。でも、各曲ごとの色合いは、なんともいえない微妙な色の塊ですけどね」

――ところで、楽曲を仕上げる際、トクマルさんはPCを使用するそうですね。本作からも感じられる、どこかエレクトロニカ的なテイストというものは、そういったPC上の作業から生まれてきているのでしょうか?

「アコースティックなサウンドも、エレクトロニカ的なサウンドも好きなので、自然とそうなっているのかも知れませんね。僕は、生楽器の演奏を録音して、それをただ生々しく再現したいと思っているわけじゃないんですよ。なんで、かなり細かなエディットもやってます。一音一音のサウンドを変えていくような作業が多いですね。PCでの作業は、僕が演奏したサウンドを、曲としてより完璧なものへと近づけていくためのものなんです。ファースト・アルバムは、よくエレクトロニカのアルバムと一緒に並べられていましたけど、僕はそれについて全然悪い気はしてないですよ」

【夢日記もモチーフにした歌詞】

――リリック面についても教えてください。本作のリリックでは、どんなところを特に意識しましたか?

「前作よりも、もうちょっと言葉にこだわってみようかなって思いましたね。言葉の当てはめ方や、細かな言葉のチョイスには、ちょっとこだわりました。でも、作詞していく方法自体に、変化はなかったですよ。これまで同様、自分の“夢日記”から拝借して、書いていきました」

――変わった夢をよく見るんですか?

「いやぁ、見ている夢自体は、普通だと思うんですけどね(笑)。それを記録するかしないかの違いがあるだけで」

――夢日記をつけ始めたきっかけは、作詞をするためだったんですか?

「いや、単なる好奇心で始めたものでした。で、そこから歌詞をつくっていく時は、あまり具体的なワードを使わないようにしているので、見た夢をそのまま詞にしているわけじゃないんですよ。あと、『Port Entropy』では、十年前に書いた夢日記からピックアップしたりもしているんで、必ずしも最近の夢だけを取り上げたものじゃありませんね」

――では、そういった歌詞にメロディーをつけていく際、本作で特に心がけたことは何でしたか?

「僕の場合は、曲をつくった段階でメロディーも全てでき上がっているので、そこに歌詞を当てはめていくという作業をやるんですけど、曲にフィットする歌詞を探していくのが、なかなか難しいんですよ。その作業には、いつもかなり時間がかかりますね」

――では、トクマルさんならではの、日本的でもあり無国籍的でもあるメロディー・センスは、主に何から培ったものだと思いますか?

「まずは、子供の頃に聴いていた音楽、というものが大きいと思いますね。あと、僕は、いわゆる古き良き音楽も好きなんですけど、そういった音楽をいっぱい聴くようになってから、メロディーが浮かびやすくなった、ということはありますね。僕は、’60年代の音楽にあるメロディーとかが結構好きで、そういう音楽を一時期よく聴いていたんですよ。で、そういったメロディーに日本語の歌詞を乗せていくと、こういう音楽になる…というのはあると思います」

【存在しないポップを目指して】

――トクマルシューゴさんのつくりだす音楽は、結果的にとてもポップなものなんですが、曲づくりにおいてポップ性は重視していますか?

「僕には、好きな音楽がいろいろとあるんですけど、そんな中に(自分の好きな音楽相関図の中に)、いくつか穴の空いている部分があるんですよ。僕の中では、その位置にあるべき音楽というものがあるのに、それが存在しない。だから、そこの抜けている部分を埋めたかったんですよね。で、その穴を埋めるために自分でつくった音楽が、たまたまこうしたポップなものだった、ということなんだと思います」

――面白い発想ですね。

「いろいろな音楽を聴いていくうちに、“こういう音楽があるはずなんじゃないか?”という妄想が広がっていった感じですね。僕の音楽は、それを具現化していったものなんですよ。『Port Entropy』では、ようやくそれが完成に近づいたと思っています」

――聴きたい音楽があるのに存在していない、というある種の枯渇感が、曲づくりの原動力になっているんですね。

「ええ。昔から、そこにもどかしさがありましたね。雑誌のレビューなんかがヒントになったりもしましたよ。“誰かと誰かを合わせたようなサウンドが…”とか書いてあっても、実際に聴いてみると、自分が想像していたものと違っていたりしますよね。じゃあ、自分で想像していたものをつくってみよう…とか。僕は、いまだにリスナー感覚がとても強いんだと思います」

――なるほど。では、いちリスナーとして、自身の音楽をどのように形容したいですか?

「そこが一番難しいところですね。なかなか言葉が見当たらないんですよ…。絵にして説明したい感じですね(笑)。相関図みたいなものを書いて、“この辺りの音なんですよ!”って言いたいです」

――その相関図、いつかぜひ見せてください(笑)。では、最後に今後の活動目標を教えてください。

「5月からツアーが始まるんですが、自分の曲をアレンジし直して、バンド編成で演奏するのは、結構楽しみですね。エンターテインメントとしてはまだまだなんですけど、今はライブをやること自体が楽しいです。あとは、今の自分が置かれている、この良い環境を守っていけたらいいですね。特に大きな目標があるわけじゃないんで、好きなことを続けていけたらいいなって思っています」

アルバム情報

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トクマルシューゴ
Port Entropy
(JPN) P-VINE
PCD-18621

01. Platform
02. Tracking Elevator
03. Linne
04. Lahaha
05. Rum Hee
06. Laminate
07. River Low
08. Straw
09. Drive-thru
10. Suisha
11. Orange
12. Malerina

【OFFICIAL】
http://www.shugotokumaru.com/

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