砂原良徳『liminal』インタビュー


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電気グルーヴの元メンバーであり、’95年からソロ・アーティストとして活動を行ってきた砂原良徳。過去に4枚のオリジナル・アルバムをリリースしているほか、国内外のアーティストのプロデュースやリミックス、映画のサウンドトラック制作、いしわたり淳治(ex.スーパーカー)とユニットなど、多彩な活動を展開。そのポップさと先鋭性を併せ持つ音楽性で、ポップ・シーンからアンダーグラウンド・シーンまで、幅広いリスナー層から支持を獲得してきた存在です。

オリジナル作品に関しては、’01年のアルバム『LOVEBEAT』以降発表していませんでしたが、’10年7月、長い沈黙を破り、4曲入りEP『subliminal』をリリース。時を同じくして、CORNELIUS『FANTASMA』のリマスタリングや、agraph『equal』のマスタリングを行うなど、ついに本格再始動しました。

そんな砂原良徳による、実に10年ぶりとなるフル・アルバムが、4月6日にリリースされる『liminal』です。テクノやブレイクビーツ、エレクトロニカなどの要素を持ちながら、そのどこにも属さない本作。『LOVEBEAT』でも軸となっていたビートの強度や、音像の精細度はいっそう増し、緊張状態によって秩序が保たれているかのような、鋭くアグレッシヴなエレクトロニック・サウンドが展開されています。その楽曲群には、『LOVEBEAT』がリリースされた10年前から大きく変化した、現代社会の様相を反映させたそうです。

砂原良徳が表現する、“現代社会のサウンドトラック”とも捉えることができる『liminal』。本作で彼が見据えた現実、そしてたどり着いた境地とは?その真相を探るべく、対面で話を聞きました。なお、本作の初回限定盤には、最新PV2曲に加え、’09年にリキッドルームで行われたライヴ映像を収録したDVDが、同梱される予定となっています。

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砂原良徳

希代のエレクトロニック・ミュージック・クリエイターが
10年ぶりのフル・アルバムで表現する現代社会

【音の原型を尊重するマスタリング】

__ここ最近、砂原さんは、CORNELIUSのアルバム『FANTASMA』や、4月6日にリリースされる電気グルーヴのベスト・アルバム『電気グルーヴのゴールデンヒッツ ~Due To Contract』のリマスタリング、agraph『equal』のマスタリングを行うなど、エンジニアとしての活動が多かったですが、どういったきっかけでそれらの作品を手がけることになったんですか?

「自分から、“やります”って言ったわけではなかったんです。最初にやったのは、agraphの『equal』で、牛尾君(agraph)に、“いいマスタリング・エンジニアを知りませんか”と聞かれて、“人を決めるよりも、どうしたいのかを最初に決めた方がいい”って答えたんです。それで、僕が仮で一曲やってみて、どんな風に変わるか聴いて決めてみたら? ってことで、マスタリングしてみたんです。そしたら、全部僕がやることになっていましたね(笑)。それとほぼ同時期に小山田君から連絡があって、『FANTASMA』もやることになったんです」

__そもそも、アーティストの方は、どういう基準でマスタリング・エンジニアを決めるんですか?

「やり方のスタイルなんじゃないでしょうか。マスタリング・スタジオに持っていった方が、クオリティーの面では高いものになると思います。ただ、マスタリングに対する考え方のほうが大事だと思うんです。どんなにいい機材を使っても、エンジニアの音の捉え方が良くなかったら、いい音にはならないと思っています。石野君が言っていたんだけど、どこのマスタリング・スタジオに持って行っても、同じ傾向の音に仕上がることが多いみたいなんですよ。でも、僕は、マスタリング・スタジオのような、レベルを突っ込んで、派手でラジオ映えするような音のつくり方ではなくて、音の原型を尊重するやり方をとっています。アーティストと意見を交換しあって、ミックスをやり直したりもするので、そうした通常より自由度が高い部分も、求められたのかもしれません」

__砂原さんが重視する音の捉え方とは、具体的にどういった点なんですか?

「たとえば、レベルを上げるには、音を圧縮する必要があるけど、そのプロセスによって、音の配置とかが変わってしまうことがあるんですね。僕の場合、音が元とは違った場所から聴こえてしまわないように、原曲を尊重するように意識しています」

__音の配置にもアーティスト性が表れるんですね。

「あると思いますよ。音を圧縮すると、左右よりも、上下の位置が変わってしまうことが多くて、それによって聴こえ方が全く変わりますからね。レベルを突っ込んで、元の形を変えているようなマスタリングの楽曲だと、僕は長く聴いていられないんですよね」

__今回のアルバム『liminal』と、’09年のEP『subliminal』のマスタリングは、益子樹(ROVO)さんが手がけています。砂原さん自身ではなく、なぜ益子さんに依頼したんですか?

「アルバムもEPも、やっぱり客観性が必要だと思い、基準として益子さんにお願いしました。基準があって初めて、自分がどういう音を出しているのかが、明確に分かってくるんです。それに、益子さんとの制作を通して、互いのコンビネーションを突き詰めたい気持ちもあったし、僕と益子さんの共通点を突き詰めることで、聴き手に対する間口が広がると思うんですよね。今作では、益子さんがやった仕事に対して、“もっとこうしてほしい”といった要望は、そんなになかったですね。結果として、音質面では、行くところまで行けたと思います」


【無意識的に生まれた音を意識的に構築】

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__今回のアルバム『liminal』は、EP『subliminal』の延長線上にある作品ということですが、EPからどのような方向に膨らませていったんですか? 

「つながった作品にするつもりだったけど、いざ制作が始まってみると、EPの時の感覚とは変わっていたんです。EPの制作時に考えていた、“無意識的に生まれたフレーズを意識的に構築する”という作業を、『liminal』ではもっと突き詰める必要があると思ったんです。それで、今作『liminal』の1曲目「The First Step (Version liminal)」や、後半の「Capacity (Version liminal)」「liminal」を除く中間の数曲は、その考えに基づいて制作しました」

__EP『subliminal』のインタビューでは、“まずテーマを見つけることが大変”と言っていましたが、今作では、どのようにテーマ探っていったんですか?

「その、テーマを見つけて楽曲をつくる方法が、自分に合わなくなってきたんです。厳密には、合わなくなったというより、音を言葉や映像といった別のものに変換できなくなってきたんです。自分が制作するものに対して、どうしてそうなったか、必ずしも説明する必要はないと思うようになったんですよね。だから、今作では、今の時代から感じ取ったものを、そのままアウトプットするつくり方が多かったです。気分といっても、個人のきまぐれなものではなく、この社会にいる一人の人間として感じるものを、そのままアウトプットしてみたんです。とにかく暗い曲が多いですけど(笑)」

__特に『liminal』の4~6曲目は、EPよりもさらに、無機質さが浮き彫りになっているように感じました。

「そうですね、ライトで明るいという状況ではあまりないですからね。いずれ、暗いものを出さねばならない時が来るかもしれないという思いは、2枚目のソロ・アルバム(編注: ’98年の『TAKE OFF AND LANDING』)をつくった頃からありました。これまでの作品とつながっている部分ももちろんあるけど、変わってきていますね。前作の『LOVEBEAT』から10年経っていますから」

__今の時代から感じたものを表現した結果、暗い音にならざるをえなかったんですね。

「『LOVEBEAT』を聴いて、“次はどうなるんだろう?”って期待していた人は、今作を聴くと混乱するかもしれないけど、正直にやった結果、こうなりました。暗い曲を人に聴いてもらえるよう工夫する必要はもちろんあるけど、それが一番大事かというと、そうではないんじゃないかと思ったんです」

__今作で表現した気分とは、敢えて言葉にすると、どういうものなんでしょう?

「20世紀の後半は、閉塞感や世紀末感があったけど、それを過ぎても未だに閉塞感は消えないままですよね。むしろ、どんどん世の中のスピードが速くなってきていて、それに人がついて行けてない状況というか、システムに振り回されているように感じるんです。だから、明るい未来や希望みたいなものを感じるのは、ちょっと難しいですよね。実際、近所に小学校があって、そこの生徒を見る度に、“可哀想だな”って思ってしまうんです。自然に生物らしく生きることが難しくなってきていると思います」

__6曲目の「Beat It」に象徴されるように、上音もビートの一つとなり、様々な音でリズムを刻んだ構成となっていますが、どのようなサウンドを目指して制作したんですか?

「無意識に生成された音を意識的に構築する上で、他人と共有できる最も根源的な要素はビートだと思うんです。リズムやビートは基本であり、そこから曲をつくることも多いですから。より多くの人に受け入れられるのは、ハーモニーよりビートだと思っています」

__加えて、本作の音は、ある種インダストリアル・ミュージックとも形容できるほど、重厚で鋭利なテクスチャーになっていますね。

「音のキレの良さは、益子さんと追求してきて、今作では達成できたと思っています。あと、子供の頃から、曲の構造やフレーズ、歌といった要素より、音そのものに反応してきたんです。幼い頃に見た、アニメ・ソングの中に使われていたシンセの音が好きだったり、曲以前に音という考え方がありますね。実際、蒸気機関車の音が入ったレコードを持っていて、それがすごく好きで、よく聴いていたんですよ。蒸気機関車の車輪や線路、あとはやっぱり蒸気の“シュー”って鳴る音と、生き物のようなリズム感が良いんですよね。でも、その音は意識的に発せられたものではなく、不都合なものとして出てきていますよね。本来なら、音がしない方がいいわけですから。その不都合なものとして産まれた音が、音楽に聴こえるのが面白いんですよね。楽曲って、人から人へ向けたコミュニケーションだけど、蒸気機関車の音はそうではない。両者には大きな差があると思っていて、無意識なものを取り入れて意識的に構築していく理由は、そこに対する疑問があるからなんです」

__それは、世の中の自然音やノイズなどが、自然と音楽に聴こえるような現象を目指しているということですか?

「そうです。そういう音に興奮することが多いですね。なぜかというと、人から人へのコミュニケーションが固定化しすぎてきたからだと思うんです。世の中、決まりきった展開の音楽が多すぎて、予測どおりの展開が来ると、つまらないと感じてしまうんです。そうした音は、人から人じゃないものへ向けた音とは、大きな差がありますからね」

__なるほど。今作では、固定化されたものを一度壊してみたということですか?

「壊したというより、新しい秩序をつくりたいという欲求から生まれた作品ですね。今後は、その方向をさらに追求する必要もあると感じています」

__そんな今作をリスナーに投げかける意味とは何なのでしょうか?

「意味付けをせずとも、この音から何かを感じてくれるだけで、僕は満足です。意味を明確化させるのではなく、もっと感覚的な捉え方でいいんじゃないかと思っています。万人に受け入れられるアルバムではないと思うけど、たとえ少数でも、この感覚を何となくでも分かってくれる人がいたら、それは僕にとって明日への活力になりますね」

__分かりました。最後に、今後の活動予定を教えてください。

「今後は、ライブをいくつかやった後、いしわたり淳治君との共作で一旦頭を冷やして(笑)、その後にまた自分の制作に入りたいですね」

interview & text HIROKO TORIMURA


【アルバム情報】

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砂原良徳
liminal
(JPN) Ki/oon / KSCL-1666~KSCL-1667 [初回生産限定盤]
(JPN) Ki/oon / KSCL-1668 [通常盤]
4月6日リリース
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TRACK LIST
1. The First Step (Version liminal)
2. Physical Music
3. Natural
4. Bluelight
5. Boiling Point
6. Beat It
7. Capacity (Version liminal)
8. liminal

【オフィシャルサイト】
http://www.y-sunahara.com/

【LIVE INFORMATION】
SonarSound Tokyo 2011
4/2(土)@ 東京 ageHa / Studio Coast
http://www.sonarsound.jp/

TAICOCLUB’11
6/4(土)6/5(日)@長野県木曽郡木祖村 こだまの森
http://www.taicoclub.com/

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