1989年より、電気グルーヴとして活動する一方、日本を代表するテクノDJとしても世界各国を飛び回ってきた石野卓球。これまでにソロ名義で6枚のオリジナル・アルバムと4枚のミックスCDをリリースしているほか、川辺ヒロシとのユニット、InKとしての活動や、国内外のアーティストのプロデュースやリミックス、さらに自身のレギュラー・パーティー<STERNE>、屋内レイヴ<WIRE>のオーガナイズなどで、七面六臂の活躍を見せる重鎮アーティストだ。
そんな彼が、ソロ名義では実に6年ぶりとなる新作ミニ・アルバム『CRUISE』をリリースした。全て四つ打ちのフロア・ライクなダンス・トラック6曲を収録した本作。これまで以上にディープかつミニマルで、タイトなその楽曲群には、DJ活動で培われた石野卓球の現場感覚が存分に発揮されている。
海外のシーンとリンクしつつも、独自に発展する国産テクノ・シーンの最前線を味わうことができる『CRUISE』。その制作背景について、石野卓球に語ってもらった。
【“縛り”のないソロ・アルバム】
ーーここ数年は、DJに加え、InKや電気グルーヴ、プロデュース活動が中心で、ソロ・アルバムは’04年の『TITLE#2+#3』以来6年ぶりとなりますね。このタイミングでミニ・アルバム『CRUISE』をリリースすることになった経緯を教えてください。
「空いた時間に制作作業は進めていたんだけど、他の活動が忙しくて、なかなか形にする機会がなく、ほったらかしになっていたんですよ。で、他の仕事がひと段落したんで、やっと完成させることができました。それに、これ以上時間が空くと、危険だなと思って。“6年ぶり”、“7年ぶり”、“8年ぶり”ってどんどん重くなっていくんで(笑)」
ーー収録曲のアウトラインはできていて、それをここ数カ月で一気に形にしたんですか?
「締め切りは決まっていたんで、そこに向けて制作した感じでしたね。だけど、ソロ作品の制作自体が久々だったから、どういう所に落とし込めばいいのかが、イマイチわからなかったんですよ。ソロって好きなことができるので、他の活動みたいに“縛り”がない分、逆に難しいんですよね。だからどんな作品をつくろうか決まるまで、結構時間がかかりました。あと、Inkにしても電気グルーヴにしても、誰かしらスタジオにいるんで、自分が行かないわけにはいかないんですよね。一人だと、行かなくても良かったりするんで、夏休みの宿題みたいにズレこんじゃいましたね(笑)」
ーーなるほど。気持ちをソロのモードに切り替えるのが大変だったんですね。
「そうですね。あと、自分がDJ用に買ったり聴いたりする楽曲って、相変わらず12インチのシングルがベースなんですよ。それもあって、作品の落とし所にはなおさら悩みましたね。メジャー・レーベルから出る作品ということもあるし。クラブ・ヒットみたいな曲を一曲つくるのも違うし、かといって、フル・アルバムで全体をコンセプチュアルにまとめるものでもないと思ったので」
ーー最終的に、どのような落とし所に着地したんですか?
「今言ったことの中間というか、クラブ・トラックでありつつも、ミックスされて初めてポテンシャルが発揮される、DJツールみたいな曲にならなければいいかなと思いましたね。DJツールとしてつくるなら、もっとそぎ落とすし、CDで出す意味もあまりないと思うんで。とはいえ、最終的には、好きなようにやろうという気持ちに後押しされて完成した感じですね」
ーー本作を制作しながら、方向性を見い出していったんですね。
「方向性が分かってきたのは、制作過程の終盤でしたけどね。腰を上げるまでが大変で、いざ上がってしまえば、あとは感覚的に動いていった方が、目的地に着きやすいんですよね。毎週末DJをやっているし、あとはその感覚をどこに向けて使うのか、っていうことでしたね」
【イメージは、日常の延長にあるショート・クルーズ】
ーー『CRUISE』というタイトルにした理由は何ですか?
「トータルのコンセプトがあってできたアルバムではないので、ビジュアルのイメージがまずあって、そこから喚起されるようなもので、なおかつ内容を邪魔しないものが、このタイトルだったんですよ。熱海に初島という島があるんだけど、港からその島に行く位の距離のクルーズ感というか(笑)。ミニ・アルバムということで。ジャケットの写真も、その船上から撮ったものなんですよ」
ーーショート・トリップ的なイメージなんですね。収録曲も、タイトルを見る限り、意味が分からない言葉というか、記号的なものが多い気がしました。たとえば、4曲目の「Hukkle」とか。
「「Hakkle」は、パールフィ・ジョルジっていう監督が撮った映画で、ハンガリー語で“しゃっくり”っていう意味なんですよ。映画の内容は、おじいさんがしゃっくりをしたことから始まる珍ストーリーみたいな感じなんですけど。この曲では、ヒカシューの巻上さんの声をサンプリングさせていただいたんだけど、その声の感じが、しゃっくりっぽかったんですよ(笑)。裏を明かせば明かすほどバカバカしくなっていくから、すごく恥ずかしいんだけど(笑)」
ーーいやいやいや(笑)。5曲目の「Arek」は、何を意味しているんですか?
「これはね、反対から読むと“kera”で、ケラ(編注: ケラリーノ・サンドロヴィッチ)さんの結婚式に行った日につくったんですよ(笑)」
ーーなるほど(笑)。本作は、謎解きしない方が、先入観なしに聴けそうですね。
「がっかりするでしょ。これを毎回インタビューで言うとなると、ちょっとゾっとするっていうか(笑)」
ーーでは、後はリスナーの想像にゆだねるとして、卓球さんは、何かしらのインスピレーションを元に、楽曲をつくり上げていくタイプですか?
「曲のつくり方として、あるイメージがあって、それを具現化する場合もあるけど、それよりも多いのが、メモみたいなものがあって、それを組み合わせていく中で、だんだんおぼろげなビジョンが見えてきて、そこに向かって仕上げていくというものですね。だから、制作中に出てきたイメージがタイトルになることが多いですね」
ーーイメージがある場合、そのイメージとは、言葉にするとどういったものなんでしょうか?
「ビジュアル・イメージもあれば、クラブでDJをし終わったときにした耳鳴りのスケッチということもあります(笑)。具体的に毎回コレっていうのはないんですけどね。あと、ソロの場合は歌詞がないので、その分、元になるイメージは幅広いか。“あの時のムード”とか、何とも言葉で説明し難いものを音に持っていくことも好きですね」
ーーどこの国のどのクラブとか、何時台のフロアとか、本作の収録曲がかかる背景をイメージしたりはしましたか?
「具体的にどんな場所でかかっているかは、イメージしないですね。不思議なもので、すごく音数が少なくて、一見、密室的で小箱向きのDJツールっぽい曲でも、それが、実はすごく広い会場で機能したりする場合もあるから、それは簡単にはイメージできないんですよね。シンプルであればあるほど、使い勝手が広がったり、意外と化けたりするんですよ。昔だと、ベーシック・チャンネルの9番とか。小箱向きっぽいけど、あの曲で何万人もの観客が、ものすごいことになってるのとか、’90年代によく見ましたしね。逆に、だから、かかる場所を限定してつくることは、なるべくしたくないと思ってますね」
ーーなるほど。ということは、本作ではDJツールになりすぎず、かかる場所やかけるDJによって変化する楽曲、というのを追求したんでしょうか?
「そうですね。でも、それは次の作品で、もうちょっと突き詰めたいなと思っていますね」
【日本のクラブ・シーンに根ざしたサウンド】
ーーサウンド面では、6年前の前作と本作では、曲展開やBPM、音色など、様々な部分が変化していますが、そこはやはり、フロアで流れる音からの影響が大きいのでしょうか?
「6年前とは状況も違うし、それに前作では、そこまでフロアを意識してなかったから、変わった部分はもちろんあると思います。引きで見たら“同じじゃん”と思われるかもしれないけど、現場にいたら、すごく変化しているのを感じるんですよね」
ーー6年でテクノ・シーンのトレンドも、かなり変化しましたよね。
「6年前の、ハードなミニマルみたいなものは、ほとんどなくなってきているし、ミニマルやハウスでもさらに細分化が進んでいるし。単純に、BPMもすごく下がってきてますよね。そういうのは、DJをやっていると、すごく感じるし、自然とそういう曲を選んでいくようになるんですよ」
ーーパーティーに来るお客さんからの要求という部分も大きいんですね。
「あと、シンプルな曲の方がいいという気持ちもあって、ちょっと前までドラムの音色を加工することに時間を割いたりしていたけど、そういうことが無駄だと思うようになってきたんですよ。あと、初期のシカゴ・ハウスやアシッド・ハウスみたいなものが最近好きで、そういうものでは(TR-)909の音がむき出しだったりするんだけど、その方がミックスした時に際立つから、どんどんシンプルなものが好みになってきている感じですね。6年前と違うのはそこだと思いますね」
ーー実際に、細かい展開を取り入れたものよりも、長くじっくり変化していく楽曲が増えた印象なのですが、ヨーロッパのヒプノティックなミニマル~テックハウス・シーンを意識したところはありますか?
「国や場所によって風土や文化が違うから、必ずしもそうとは言えないけど、流れの一つとして意識したことはあるかもしれませんね。それこそ、リカルド・ヴィラロボスみたいな中毒性のある音って好きだし、DJでも使うけど、現場感がないとつくれないし、スタジオで研究してつくる音楽より、もっと感覚的なものですよね」
ーーその手の音は、日本でも人気ですが、確かにヨーロッパと日本とでは、なじみ方が違うように感じます。
「いくらダンス・ミュージックが万国共通とはいえ、土地によって好みは違うし、その違いがまた面白かったりするんですよね。ダンス・ミュージックには、どこの国でもヒット曲が同じっていう、グローバリゼーションの極みみたいな側面があるけど、その中で、この街は本質的にこのテイストが好きだとか、違いも表裏一体としてあるのは面白いですね」
ーー結果的に、本作は、日本のリスナーにすごく刺さる音になっているように思います。
「すごく日本的だと思いますよ。ここ最近は、日本での活動が多かったし、自分の現場にはないものを取り入れて中途半端になるくらいだったら、できることをやった方がいいと途中から思い始めたんですよ」
ーーこの後に、フル・アルバムのリリースを控えているということですが、その作品についても教えてください。
「ぼちぼち制作は始めているんだけど、どんな作品になるかは、まだわからないんですよ。来年の春くらいに出せたらと思っています。その他に、sugiurumnや川辺ヒロシとも何かつくろうという話が出ていたりもします」
ーー次回作も楽しみにしております! 最後に、読者へメッセージをお願いします。
「久しぶりだし、二枚組とか重い感じではないんで、気軽に聴いてみてほしいですね」
アルバム情報
01. Feb4
02. Spring Divide
03. SpinOut
04. Hukkle
05. Arek
06. Y.H.F.
【Official Website】
http://www.takkyuishino.com/
↓↓↓iLOUD <WIRE10>特集はコチラ↓↓↓