’60年代に手塚治虫のTVアニメ『ジャングル大帝』『リボンの騎士」や大河ドラマの音楽を手がけ、その優れた音楽性で高い評価を得た後、1970年頃よりモーグ・シンセサイザーによる作編曲・演奏に着手。米ビルボード・クラシカル・ チャート第1位となった『月の光』(’74)で、日本人として初めてグラミー賞4部門にノミネートされると、以降『展覧会の絵』(’75)、『火の鳥』(’76)、『PLANETS(惑星)』(’76)と、ヒット作を次々とリリースし、世界的に知られる存在となった音楽家、冨田勲。1932年生まれの氏は、日本の電子音楽界のパイオニアとして数々の偉業を成し遂げ、後世に多大な影響を与えてきた巨匠です。現在も現役活躍中で、近年は東京ディズニーシー“アクア・スフィア”のエントランス・ミュージックの作曲や、日本アカデミー賞最優秀音楽賞に輝いた、映画『たそがれ清兵衛』のサウンドトラックの作曲でも知られています。
そんな冨田勲が、日本コロムビア100周年記念企画の一枚として今年6月にリリースした『PLANETS(惑星)ULTIMATE EDITION』に続き、最新作『PLANET ZERO – freedommune<zero>session with Dawn Chorus』(SACD Hybrid: 4,0chSACD/2chSACD/2chCD)を11/23にリリースしました。悪天候で開催中止になってしまった東日本大震災復興支援イベント、<FREEDOMMUNE 0 (ZERO)>の夜明けの時間帯に披露する予定だった演奏プログラム(『PLANETS(惑星)』をメインにしたもの)を、アルバムとしてつくり直した作品です。その内容は、ドーン・コーラス(夜明けの時間帯に太陽の黒点の影響から引き起こされる、電磁波の自然現象で、鳥の鳴き声のような音)など、氏ならではのアイディアが盛り込まれた宇宙的にして体験的なものとなっています。
シンセサイザーの巨匠が構築した、唯一無二のサラウンド音響世界が堪能できる『PLANET ZERO』。本作の内容について、冨田勲氏に話を聞きました。
冨田勲『PLANET ZERO』インタビュー
1:『PLANETS ULTIMATE EDITION』について
__最新作『PLANET ZERO』の前に、まずは今年の6月にリリースした『PLANETS(惑星)ULTIMATE EDITION』について少し教えてください。この作品は、もともと日本コロムビア100周年記念の企画としてスタートしたそうですが、ULTIMATE EDITIONではオリジナルの『PLANETS(惑星)』(’76)を、さらにどのような次元にレベルアップさせかったのでしょうか?
「年月が経つと、技術的にまだ未熟だったり、“もっとこうするべきだったな”という点が、あちこち出てきますよね。比較していただくと気付かれると思うんですが、特に低音の部分が変わってくる。「火星」の出だしの部分などですね。当時のモーグは、低音が弱かったんで、ガツンとくる低音が出ていないんです」
__確かに今回の『PLANETS(惑星)ULTIMATE EDITION』の音響は、より迫力のある、立体感のある作品となっていますね。
「あとは、僕は糸川博士(糸川英夫:1912年7月20日~1999年2月21日 / 日本の宇宙開発・ロケット開発の父と呼ばれる、航空工学、宇宙工学者。ペンシルロケットの開発者)に対する憧れ、そして亡くなったことに対するレクイエムの気持ちがあるんで、(『PLANETS(惑星)ULTIMATE EDITION』は)全体の流れを通じて、そういった気持ちが強い作品になっていると思います」
__はい。
「『PLANETS(惑星)』(’76)を出す前、僕は貝谷バレエ團に“こういうのをつくっているんですが”と、元になるカセットを渡してあったんですよ。貝谷バレエ團のバレエで使っていただけると思ってね。そうしたら、糸川博士がどういうわけか貝谷バレエ團に入団されててね。それで糸川博士がカセットを聴いて、えらく気に入っちゃって、“『惑星』のバレエをやりたい、貝谷バレエ團が帝劇でやる発表会に出たい”ということになったんです。でも貝谷さんは“有名な学者だからといって優遇はしません”ということで、糸川博士を一番下のクラスに入れて、習い始めの中学生なんかと一緒に練習させて、還暦のおじいさんが足を上げたりなんかしてやっているわけですよ(笑)。糸川さんは、ああいうことに照れないし動じないんですね」
__『PLANETS(惑星)ULTIMATE EDITION』には、新たに「イトカワとはやぶさ」というパートを収録していますが、『PLANETS(惑星)』は、もともと糸川博士と縁のある作品だったんですね。
「もともと僕は、設計者としての糸川さんに憧れていたんです。ハヤブサ戦闘機が空を飛んでいるのを見て、僕はそれに憧れて、終戦後にその設計者が糸川さんだったことを知った。糸川さんはその後ロケット博士になれて、その後どういうわけか貝谷バレエ團に入団されて…。その“Moog Planets”の上演(’77年に帝劇で初演された)では、この曲で一番つまらない「木星」と「土星」の間に、糸川さんが盲目の科学者の役で登場してね、僕はずいぶん遠慮されているなって思いましたよ。もっと他に良い部分があったのに…。そういうことで、今回の『PLANETS』では、同じく「木星」と「土星」の間に、レクイエムの意味を込めて「イトカワとはやぶさ」を入れたんですよ」
__なるほど。「イトカワとはやぶさ」の収録位置は、糸川博士がバレエの上演時にちょうど踊ったところなんですか。
「曲の一番最後の遠ざかっていくところ、霧の彼方に消えていくような感じのところも、糸川さんの最期の頃の人知れず亡くなったイメージと重ね合わせている部分があります。僕自身、糸川さんとは疎遠になってしまっていたので、なんかね…その辺りのことも(CDのライナーノーツに)書きましたけど、糸川さんに対するレクイエムの気持ちがありますね」
糸川英夫先生:惑星 1977年帝国劇場より
__冨田さんが糸川さんに対して抱かれてきた気持ちと『PLANETS(惑星)』が、シンクロしているような感覚があるんですね。
「最後にオルゴールの音が出てきて、それが止まると演奏も終わるんですが…糸川さんは、生きている間こそ夢だったんじゃないか、亡くなって初めて夢から覚めて、自分は死んだんだって気付いたんじゃないか、そんな気がしてね(笑)」
__昨年大きなニュースとなった、日本の惑星探査機はやぶさが小惑星イトカワに行き、再び地球に戻ってきたという出来事も、リメイク作業の励みになりましたか?
「あんなことが本当にできたなんてね。小惑星イトカワって、東京スカイツリー、巨大タンカーくらいの大きさしかないそうなんですよ。よく着陸して、サンプルを採取して、また地球に戻ってきましたよね。ありえないことだなぁって思いましたよ。やっぱりJAXAの人達の気持ちが強かったんでしょうね。最初の『PLANETS』は、ボイジャー(NASAによる探査計画で、無人惑星探査機は’77年に打ち上げられた)を参考にしていましたけど、ボイジャーはそのまま地球には戻ってきませんでしたよね。でも今回のはやぶさはね、もっと身近な人達が関わっているだけに、その辺の気持ちの違いは当然あったと思います」
2:オリジナルの『PLANETS』ができるまで
__もう約35年前になりますが、そもそもホルストの組曲『PLANETS(惑星)』をシンセサイザーで手がけてみようと思った経緯は何だったんですか?
「もともと…今でもそうなんですけど、僕は音楽を純粋につくろうという気持ちはないんですよ。僕が小学生だったのは戦時中の頃だったから、西欧音楽は一切聴くことも演奏することも御法度で、ラジオから聴こえてくるのは軍歌と国民歌謡と文部省唱歌だけでした。だからなのか、僕は“音”の方に興味を持ったんですね。僕は5歳くらいの時、親父の関係で北京に住んでいたことがあって、公園に円形の壁があって、その壁に音が反響すると、遠くの方でしゃべっている人の声がすぐそばで聴こえたりして、その不思議さに凄く興味を持ったんです。今の子供達は、ゲームとか面白いものがいっぱいあるから、そんなことには興味がいかないと思いますけど、僕らには面白いものなんて何もなかったですからね。神戸に停まっている船の汽笛が、どうして港の船はもう音を出していないのに、街の方ではまだワーワー鳴っているんだろうとか、雷は、ピカって光った瞬間に音も出すらしいんだけども、どうして音だけは遅れて鳴っているんだろう、とかね」
__なるほど。
「それは日本に帰ってきてからもずっとそうで、例えばラジオで蓬莱山の仏法僧の声が良いというので放送していた番組を聴いて、実際にそこに行って仏法僧の声を聴いたりしましたね。だから音楽よりも、そういう音に興味があるんですね。僕の場合は音楽というものが身近になかったから、今の方向に来たんだと思いますね。もしピアノやチェロのレッスンなんかに通って、音楽学校に行ってビシビシやられていたりしたら、今の方向には来なかったんじゃないかと思います」
__子供の頃から音響に興味があって、それで作曲や楽器演奏よりも、音づくりのできるシンセサイザーの世界に興味をもったわけですか。
「最初にドビュッシーの『月の光』(’74)をやる時は、ウォルター・カーロス(ウェンディ・カーロス)の『スイッチト・オン・バッハ』(’68)を意識していたんです。バッハのような音楽は線画的なところがあるから、あれでも形になっちゃうんだよね。でも僕はね、こんなことじゃ面白くないということで、ドビュッシーを選んだんですよ。ドビュッシーの音楽は、旋律というよりも全体の音の色合いが印象的でしょう。フランスの印象派のように」
__そうですね。
「だから、これぞ音色を表現するのにいい、と思ったんです。モーグ・シンセサイザーというのは、要するにパレットみたいなものですからね、そこでいろんな色を調合していくわけですよ。オーケストラだと決まった音しか出ませんが、モーグ・シンセサイザーですといろんな音が出せるんで、それが面白くてね。 “これが音楽といえるか”なんて言っていた人達もいたけど、僕は別に音楽をつくろうとは思ってなかったんだね(笑)。感じる部分がないって言われちゃうと困るけど、何か感じてくれる人がいれば、それはそういうものということでいいだろう、と」
__なるほど。
「それをもっと極端に進めたのが『PLANETS(惑星)』です。僕はよく言っているんだけども、これこそ“実況中継的音楽”です。宇宙のどこかでこういうイベントが行われていて、そこに音が紛れ込んだり、歌っちゃったり、UFOが飛んできたりしてっていう様子を実況中継している感覚ですね。だから、別に純粋な音楽だと解釈されなくていいんですよ(笑)。おそらく、最近のテクノ・ミュージックというものにも、似たところがあるんじゃないでしょうか」
__そう思います。
「そうですか。昔はなかなか理解されなかったんですけが、僕はね、これからの宇宙時代の音楽だと思っているんですよ」
3:最新作『PLANET ZERO』について
__それで、オリジナルの『PLANETS(惑星)』、そして『PLANETS(惑星)ULTIMATE EDITION』を経て、この度『PLANET ZERO – freedommune<zero>session with Dawn Chorus』がリリースされますが、この作品は、残念ながら悪天候で開催中止になってしまった東日本大震災復興支援イベント<FREEDOMMUNE 0 (ZERO)>に出演するために準備していた、『PLANETS(惑星)』を軸にした演奏プログラムをまとめ直したものですね。まず、6月にDOMMUNEに出演して、8月19日に出演予定だった<FREEDOMMUNE 0 (ZERO)>までの流れというものには、どのような感想をお持ちですか?
「以前から、明け方のみに発生する天空からのドーン・コーラス(夜明けの時間帯に太陽の黒点の影響から引き起こされる、電磁波の自然現象で、鳥の鳴き声のような音)が聞こえて、そこに朝日が射してきて、さらに生楽器のトランペットが迎え撃つ…みたいなパフォーマンスを考えていたんですよ。そんな時に、ちょうどDOMMUNEから話をいただきまして、僕としては願ったり叶ったりの話で。朝の4時半に人を集めて野外コンサートをやろうだなんて、なかなか実現できませんから」
__そうですよね。
「ライヴをやるよう依頼された時間が、ドーン・コーラスが始まって朝日が出るのには、ぴったりの時間帯で、理想的なパフォーマンスができるなと思いましたね。来たお客さんも、トランペットがあの有名な「木星」のメロディを吹いている時に、ちょうど朝日が顔を出す光景を見ることが出来たら、これは正にイベントにピッタリの雰囲気になるだろうと思っていただけにね…残念でねぇ(笑)。ドーン・コーラスに必要な太陽の黒点も、ちょうどこの日は現れていたみたいなんですよ」
__ドーン・コーラスの収録自体は、過去に何度もやられているんですか?
「『ドーン・コーラス (Dawn Chorus)』(’84)というアルバムをつくった時に、茨城の平磯にある天文台で収録したことがあります。宇宙から来るいろんな電磁波や光を波形に変換して、シンセサイザーで演奏したアルバムなんですけど、その収録曲の一つにドーン・コーラスを使ったものがありました。ただその時はね、ドーン・コーラス以外は、どんな宇宙の音も、結局自分の好みの音にアジャストしちゃいました。宇宙は、別に人間に心地よい音を聞かせようと思って電磁波やらを出しているわけじゃないんだけれど、例えばオーロラにしたって、見ているとすごく人の感覚と波長が合いますよね」
__ドーン・コーラスだけは、そのままでも心地良い音だったわけですか。
「今回は浅間山麓で実験をしたんですけど、今のマイクやスピーカーは性能が良くて、音が良すぎちゃってね。高音まではっきり聞こえちゃうんですよ。鳥の合唱、暁の合唱というよりも、油の切れたモーターみたいな音なんです。だから今回は、高音部分はカットして調整しましたよ。でもドーン・コーラスには、不思議な朝の喜びの音がありますよ」
__『PLANET ZERO』では、アルバムのオープニング部分と、プログラムのクライマックスである「木星」の終わりから「日の出」「土星」の部分にドーン・コーラスを使用していますね。
「そうですね。『PLANET ZERO』はコンサートではなくレコードの作品ですから、やっぱり早くドーン・コーラスを聴きたいだろうということで冒頭にも収録しました。「木星」の終わりまで待たなくてもいいわけですから。あとは、続く「永遠性(“トリスタンとイゾルデ”より“愛の死”)」に、本間千也君のトランペットも入れました。本来は、まだ朝靄の混沌とした時間なんで、トランペットを入れるつもりじゃなかったんですけど、レコードの場合は、朝日が昇る時間まで待つ必要はないんでね。『おかえり、はやぶさ』(2012年3月10日公開予定の映画)のサウンドトラックでも、はやぶさが地球に帰還するシーンで、トリスタンとイゾルデを使ったんですけど、そこでもトランペットを入れました。僕はね、ワーグナーのこの曲には何か宇宙を感じるんですよ。“愛”とはそういうものなんですかね」
__なるほど。あとは「火星」から「土星」」まで、『PLANETS(惑星)』の各パートをコンパクトにまとめて、ある種より聴きやすくなっている点もポイントですね。
「コンサートの時、朝4時半から演奏を始めて、ちょうど太陽が顔を出すところで「日の出」のパートが演奏されるように全体の時間を調整した結果、このような構成になりました。さらに、この作品は前にお話した糸川さんへのレクイエムということだけではなく、3月の地震の際に、三陸沖で亡くなられた方々に対してのレクイエムという意味合いも込めました。ただ、単なる死者への追悼ということだけじゃなくて、その先の希望も見えるようなイメージでつくりました。もちろんそれだけではなく、探査機はやぶさのイメージもありますし、いろんなものが、込められています」
__分かりました。では最後に、シンセサイザー音楽の醍醐味と未来について、何か考えていることがありましたら教えてください。
「今は本当にいろんなシンセサイザーの機種が出ていますよね。でも、あくまで自分のイメージに合う音が出ればいいだけなんで、僕はどのような機種だろうが構わないんです。安易に何でも音が出せちゃって、自分の個性が出せないものには、あんまり興味がありません。でも、年をとってきちゃったから、昔のモーグよりは無理せずに音をつくれるものだとありがたいですね(笑)。僕はね、シンセサイザーは将来宇宙に持っていける唯一の楽器だと思っているんですよ。地球の人口がこのまま増え続けていくと、絶対に大変なことになるでしょう。いま世界中が不景気なのは、そのせいもあると思うんです。そうすると結局は宇宙に出て行くしかなくなって、スペースコロニーに移住というような話になってくる。そういう時代になった時、オーケストラには申し訳ないけど、やっぱり大きな楽器は持っていけないでしょうから、ポケットに入るような電子楽器になりますよね。だから、これから先は電子楽器しかないと思う」
__なるほど。
「普通の楽器を製造する人やメンテナンスをする人達もいなくなっていくでしょうし。そこで作曲者やミュージシャンは、自分の勘で電子楽器を使っていけばいいわけです。相手に伝わればいいわけですからね。だからテクノには、将来期待しているんですよ」
interview iLOUD
【リリース情報】
冨田勲
PLANET ZERO
freedommune<zero>session with Dawn Chorus
(JPN) NIPPON COLUMBIA / COGQ-57
SACD Hybrid [4,0chSACD/2chSACD/2chCD]
11月23日発売
HMVでチェック
tracklist
I.Reincarnation - 転生
1 Reincarnation (Itokawa and Hayabusa) - 転生(イトカワとはやぶさ)
2 Eternity (“Liebestod” from “Tristan und Isolde”) - 永遠性(“トリスタンとイゾルデ”より“愛の死”)
II.Journey - 旅
3 Mars - 火星
4 Venus - 金星
5 Mercury - 水星
III.Dawn - 夜明け
6 Jupiter - 木星
7 Rising Sun - 日の出
8 Saturn - 土星
【オフィシャルサイト】
http://columbia.jp/tomitaproject/planetzero.html