’97年にベルギーの名門テクノ・レーベル、R&Sから正式デビューを果たして以来、エレクトロニック・サウンドとバンド・サウンドを自在に行き来する音楽性で、独自のフィールドを開拓してきたブンブンサテライツ。近年はロック志向に磨きをかけ、『FULL OF ELEVATING PLEASURES』(’05)、『ON』(’06)、『EXPOSED』(’07)を連続リリースするなどして、確固たる人気を獲得している実力派だ。今年1月には、トータル約140分に及ぶ、キャリア初のベスト・アルバム『19972007』も発表。約10年に渡って展開してきた自身の音楽活動に、区切りをつけている。
そんな彼らが、空間的かつ緻密なサウンドスケープで話題をさらった、昨年のマキシ・シングル『BACK ON MY FEET』を経て、通算7作目となる待望のオリジナル・アルバム『TO THE LOVELESS』を5月26日にリリースする。制作に約2年半の時間をかけ、“あらゆる意味でネクスト・ステージに踏み込んだ作品”を目指した進展作だ。その内容は、ブンブンサテライツにしか生み出し得ない、エレクトロニックかつオーガニックな音世界を極限まで探求した、ハードで、ディープで、そしてメンタルなものとなっている。
バンドの新たなる地平を切り開いた『TO THE LOVELESS』。本作の内容について、メンバーの中野雅之と川島道行に話を聞いた。
【次なるステージを目指した理由】
――今年初頭にリリースしたベスト盤『19972007』のセールスや評判が、とても良いそうですね。まずは、そんな『19972007』に対しての、ご自身の中での評価や感想を教えてください。
川島道行「あのベスト盤を出したのは、タイミング的にとても良かったですね。初めて僕らの音楽を聴いてくれた人達にとっても、以前から僕らのことを知っていた人達にとっても、あのベスト盤は、『TO THE LOVELESS』を聴くうえでの一つの道標、もしくはクッションになったと思うので、とても意義のある作品だったんじゃないかな」
中野雅之「ベスト盤を出して、自分達の曲を俯瞰して見られる機会を持てたことで、勇気づけられた部分がありましたね。自分達は、かなり骨のあるクリエイターなんじゃないか?ということを確認できたんで(笑)、ニュー・アルバム制作後半に向けてのハズミになったし、ちょっと客観的になれる機会ももらえたと思います。あらゆる意味でネクスト・ステージに踏み込んだ作品というものを考えていたので、ベスト盤で総括できたのは、やっぱり流れが良かった」
――本作『TO THE LOVELESS』は、オリジナル・アルバムとしては『EXPOSED』(’07)以来、約2年半ぶりの作品となりますね。そこには、“前作で一区切りをつけたかった”という思いもあったそうですが、その思いに至った経緯について、改めて教えてください。
中野「『FULL OF ELEVATING PLEA-SURES』(’05)から『EXPOSED』まで、一年ごとに三枚アルバムをリリースしてきたので、キャリア的に一段落ついたかなって感じもあったし、次は何か違うものをつくらないと、自分達的にクリエイティブ面で飽きてしまう、という感じもありましたね。で、その間に音楽の聴かれ方が変化して、『EXPOSED』のマスタリングでニューヨークに行った時には、もうマンハッタンにレコード/CD・ショップが一軒もないような状況でした。要するに、音楽産業の構造が変わってしまっていた。あの頃は、いろんな意味で変化していた時期だったと思います」
川島「僕らが作品をつくるうえで、世の中の動向とか、音楽シーン全体の流れの中でどんなことができるのかといったことは、とても重要な要素になっていたんですよ。でも『EXPOSED』の頃から、時代も音楽シーン全体の流れも停滞してしまったというか、そこには興味を持てる対象がなくなってしまったんです。ある意味、お手軽に過ぎるような音楽が数多く目につく状況になってしまった、とも感じていましたし」
――どういうことですか?
川島「今の世の中って、感情が希薄で、ちょっと閉塞感があるような状況で、みんな癒しや安息感を求める方向に、安易に流されちゃってますよね。音楽の分野では、何となくそれっぽい曲が簡単につくれる環境になって、その曲をネットにすぐアップできて、その曲の感想まですぐに受け取れるようになった。言わば、お金をかけずに、自己顕示欲だけを簡単に満たせるようになってしまった。そういった曲を多く耳にするようになって、“それって、ちょっとマズいんじゃないか?”って感じたんです。だからここは一つ、僕らでつくり得る、志の高い音楽を提示することで、聴く人の創造力の門をもう一度叩きたかったというか、聴く人の創造力を喚起することが大事なタイミングなんじゃないか。僕らのキャリアにおいても、こういう時代のタイミングにおいても、そういった作品をつくり上げることが大事だろうって思ったんです。そこに到達できなかったとしても、それをやることが僕らの存在意義というか、僕らのミッションだったりするんじゃないかなって」
――そういった思いが、本作のモチベーション、そしてテーマにもなっているんですね。
中野「僕らは、良いアルバムを聴きたいとか、良いアーティストに出会って彼らについていきたいといったふうに、音楽をアルバムやアーティストの単位で見られなくなってきている、そんな風潮がイヤなんですね。だから、それに対して最大限に抵抗したかったというか、やっぱりアルバムで見せられる世界観というものを、最大限に出したかった。それで今回は、しっかり時間をかけて、丁寧につくり込まれたものをつくる、ということをテーマの一つにしたんです。アルバムが70分以上の長さになったのも、そのためですね。今の世の流れに反しているというか、そこには逆風が吹いているのかもしれませんけど(笑)、自分が音楽に対して持っている愛情は、ありったけ注ぎ込んだつもりです」
――他に、本作でテーマになったことは何かありましたか?
中野「世界的にムードが悪いと感じているので、そんなムードに寄り添いながらも、そこから現実に引き戻すような何か…。僕らなりの美学なのかもしれませんけど、現実感のない希望や夢を歌にすることには抵抗があるんですよ。そういう音楽を耳にすると、イヤな気持ちになる。だから、そういう歌とは対極にある、生きている人のための音楽をつくりたかったですね。僕らは、そこの部分に、このアルバムが世の中にちゃんと伝わって欲しいという部分に、希望を持ちたいんですよ。表面的なものしか理解してくれないようなリスナーを相手に音楽をつくっているとは、決して思いたくないんです」
【愛なき世界に愛のある音楽を】
――では、アルバム・タイトル、“TO THE LOVELESS”の意味合いについて教えてください。
中野「今話してきたことを、そのまま言葉にしたタイトルなんですけど、やっぱり情報のスピードが早くなって、その価値も軽くなって、あらゆるジャンルにおいて、大事にされてない物事がいっぱい出てきてしまったと思うんですよ。人と人とのコミュニケーションもそうだし、一つの作品に対する評価もそうだし。で、個人的には、結局何も良くならなかったじゃないか、愛のない世界だなって思っちゃうところがある。自分がデビューして10何年経ってみたら、こんなにも殺伐とした世界になっていた(笑)。で、それに対しての憂いとか、諦めきれない気持ち…。“TO THE LOVELESS”は、僕にとってそんな意味合いですね」
川島「“LOVELESS”という言葉は、僕的には“絶対零度”といった感じなんですけど、いろんなふうに受け取れる言葉だと思います。全曲をつくり終えて、タイトルを考える段階になった時、ある種の記号性を持ったタイトルの方がいいな、と思ったんですよ。まずはオープンな感覚でこのアルバムを聴いてもらって、自分のどこに刺さって何を感じたのかという、音楽の持つ作用を再確認して欲しかったんで、タイトルにまで具体的なメッセージを持ち込みたくはなかった。いくら時間をかけてつくったアルバムだとしても、やっぱりそれを受け取った人が再生した時に、初めて音楽として完成すると思っているので」
――タイトル曲は、どのようにして誕生した曲ですか?
川島「「TO THE LOVELESS」は、比較的最近できた曲なんですよ。で、“アルバム・タイトルにできるムードの曲だな”って思っていたら、中野が突然振り向いて、“この曲のタイトルを、アルバム・タイトルにも使うといいんじゃないかな?”って言い出したので、“ああ…間違ってなかったか”というか(笑)、そのくらいアルバム全体のことを語っている曲だったんですよね、インスト曲なのに」
――なるほど。アルバム全体の流れ、曲順に関して意識したことは何でしたか?
中野「明確に、二段階の構成になっていますね。フィジカルな面の強いところから、だんだん叙情的になっていて、中盤以降は空間的に広がりが出てくる。そんな流れになっていると思います。どういうストーリがつくれるのか、何度も確認しながらやっていきましたね。アルバムって、流れが全てだと思いますよ」
――アルバム全体の流れを決める際に軸になった曲は、何かありましたか?
中野「いや、そういう曲は特になかったですね。でも、『BACK ON MY FEET』に収録した「BACK ON MY FEET」「ALL IN A DAY」「CAUGHT IN THE SUN」の3曲は、既にでき上がっていた曲をどこに配置するのかという意味では、軸になっていたかもしれませんけど。アルバムでは、「STAY」の後に「CAUGHT IN THE SUN」を聴くことになるんですけど、シングルで聴いたときの印象と全く違うはずですよ。そういう曲が持っている表情の変化も、楽しめる作品だと思います」
【音の記録を意識した曲づくり】
――本作の曲づくりに関しては、どんな部分にこだわりましたか?『BACK ON MY FEET』をリリースした時点では、“ソングライティング自体を意識している”と言っていましたが。
中野「もう、自分達の音楽、という部分に焦点を当てただけでしたね。もうカウンターをぶつけられるほど元気なシーン、元気なアーティストが存在しないんですよ。ある大きな流れに乗るにしても反るにしても、そういう対象がない時代になってしまった。さらに、音のサイクルも早くなり過ぎているので、もう自分達の足下を見るということでしか、アイデンティティーを打ち出せない状況なんですよね。そんな感じなので、結果としてソングライティングに力点を置いていくことになる。そういうことだったと思いますね」
――なるほど。
中野「だから、例えば僕らと同世代のアンクルも、きっと同じような方向に行っている気がするんですけど、ビートを抜いても曲になっている、ギター一本でも良い曲になっている、という意味でのソングライティングをやっていると思うんですよね。そうするしかないんですよ、もう。そういう意味では、多少やり辛さがあるのかな…いや、違いますね。このアルバムでは、自分達の足下を見るという部分で、自分達が思い描ける最大限の音楽を目指しましたけど、もしそこでちょっとでも色気を出して、ヘタに売れたいとか考えたら、もっと面倒くさいことになっていたと思うんですよ(笑)。最先端の音楽をつくりたいなんて思った日には、明日には価値のないものになっている可能性がある、という状況になってしまったんで、ミュージシャンとして怖いですよ。僕たちより下の世代は、すでに10年やれるアーティストにはなりにくくなっていると思いますし。…なんか、寂しい話ばっかりしてますよね(笑)」
――本当に、考えさせられることが山積みの時代ですよね。では、本作の曲づくりは、実際にギター一本から始めたような感じだったんですか?
中野「基本的には、そういうことになりました。楽器を持って、川島と向き合って曲をつくる、というのがベーシックなスタイルでしたね。それを2年半、ほぼ毎日繰り返しましたよ」
――本作には「STAY」や「HOUNDS」など、アコースティックなサウンドを生かした楽曲が多く収録されていますが、これは、そういった曲づくりを実践していった結果だと言えますか?
中野「今思い出したんですけど、いわゆるピアノとかアコースティック・ギターのような楽器って、“空間”とか“部屋”を連想させるじゃないですか。で、ある日、“そういう要素って必要だな”って思ったことがありましたね。だから生楽器を使って、音楽性の幅をオーガニックに表現していった、というところはあったと思います。やっぱり作曲の過程でアコースティック・ギターやピアノを触っていたんで、その音を素直に使う、マイクを立てて録音する、といったことが多かった」
川島「「STAY」は、アルバムの世界観をさらに広げていこうと、今年に入ってから着手した曲でしたね。メジャー・キーで作曲をして歌うということは、プロになってからほとんどなかったと思うんで、中野といろいろとやりとりしながらつくっていきました。最初のデモ段階でストリングス・アレンジもでき上がっていて、他に代え難いテイストになっていたんですけど、最終的には生のストリングスに差し替えましたね」
中野「このアルバムは、すごくつくり込まれた作品ではあるんだけど、一方で、“記録”という側面も生々しく入れているんですよ。フィールド・レコーディングをしたりだとか、スタジオ内でボーカル・マイクを録音状態にしておいて、マイクが拾った足音を曲にそのまま生かしたりだとか。それが、空間を連想させるという意味なんですけどね。人の気配って言ってもいいかな。「HOUNDS」の最後も、そういった要素を強く意識させるものになってますね。これは人間がつくっている音楽で、ある部屋でつくられているもので、リスナーもその場所にいるような感覚になる、といったことをリアルに意識してもらえる終わり方になっていると思います」
【人の内面に訴えかけるリリック】
――先ほど、中野さんは“現実感のない希望や夢を歌にすることには抵抗がある”と言っていましたが、リリック面で特に意識したことは何でしたか?
川島「簡単に言うと、個人が持っているインナーワールドの広さ、もしくは狭さに向けて、導線を引いていくこと。それが、このアルバムでのリリックのテーマだったと思います。例えば、ライブの時にフロアでリフレインされるような、シュプレヒコール的な言葉ではなく、もっと私小説的で、個人がその内にいる別個人に向けて問いかけているような言葉。このアルバムでは、そこを意識しましたね。で、その言葉自体は、わりと暴力的というか、ドラスティックな感情に目を向けたものになっていると思います」
――なぜですか?
川島「このアルバムのサウンド・デザインにおける、言葉の持つ役割を考えた結果、そうなりましたね。このアルバムのサウンドだと、例えば、ただヘナヘナと自分のネガティブな感情を歌い流していくようなリリックは、リスナーが受け取りにくい。サウンド・デザインと言葉が対峙していないというか、世界観が違ってしまうんですよ。だから、表面的に希望や一体感を煽るような、“キミは一人じゃない”といった言葉は言わず、あえて“キミは一人だ。キミが立とうとしない限り、誰も立たせてはくれない”といった言葉で突き放すんですけど、ビートやサウンド、メロディーの方は、その“キミ”を立たせてくれる…。そういった部分を意識した感じでしょうかね」
――「UNDERTAKER」では、リーディング・スタイルのボーカルにもトライしていますね。
川島「この曲は、どういう経緯だったか忘れちゃったんですけど、リーディングでいこうってことになったんですよね。『PHOTON』(’02)の頃にリーディング・スタイルの曲をやったことがあったし、トリッキーとかアースラ・ラッカーのような音楽も好きなんで、もともと音楽的なスキル自体は持っていたんですよ。でも、この「UNDERTAKER」では、そのリーディング部分とか、最後にもうワン・メロディーを…といった部分が、ことのほか上手くできましたね。言葉とメロディーを同時に出した時に、“このままでいいや”って思えるほどツルっとできたことって、あんまりないんで、珍しいケースだったかもしれない」
――本作の中で、川島さんが特に重要視している楽曲はどれになりますか?
川島「うーん。どの曲も重要なんですよね、本当に。どの曲も丁寧につくったと思うし、きっと音楽に対する志の高さを感じてもらえるものになっていると思います。無理してピックアップすると、「CAUGHT IN THE SUN」から「FRAGMENT OF SANITY」を経て「HOUNDS」に行く瞬間、そんな感じですかね。どの曲も本当に聴きどころだと思ってます」
――最後に、ブンブンサテライツの次なる目標を教えてください。
中野「今は、やり切ったという感じなんで、アイディアが空っぽの状態なんですけど、このアルバムをつくったことで、“何かやれるな”という気持ちにもなってますね。まずは、この『TO THE LOVELESS』がリリースされた時にどんな受け取られ方をするのか、その反応を早く見てみたいです。これまでのアルバム以上に興味がありますね。あと、今回は長いツアーがあるんで、ツアーが終わった時に見えてくることもあると思っています。だから、何かをやりたいというモチベーションは高いんですけど、それが何なのかということが分かるのは、これからですね」
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