世界レベルのDJ/プロデューサーとして知られる大沢伸一と、LOUD誌が共同主宰で立ち上げたデジタルレーベル、LDK。その第一弾として、CROQUEMONSIEURの「Wild Cat/Tiger」がリリースされました。CROQUEMONSIEURは、なんとあの大沢伸一の変名プロジェクトです。
そこで、LOUDでは、大沢伸一本人に、変名プロジェクトで活動することの意義、作品の内容について聞いてみました。
ーーLDK第一弾リリースは、大沢さんの変名プロジェクト、CROQUEMONSIEUR(クロックムッシュ)の「Wild Cat/Tiger」になりました。これはLOUDの希望でもあったのですが、大沢さんも同意してくれましたね。
「そうですね。最初のタイトルなんで、レーベル・カラーをある程度示すという意味でも、新人アーティストをいきなり出すよりはいいのかな、というのがありましたから。とはいえ、そのカラーをあんまりちゃんと示せていないような気もしていますけど(笑)」
ーーまあ、シングル一枚でレーベル・カラーを全て提示することなんて、できませんから。このCROQUEMONSIEURのシングルはエレクトロ・ベースで、「Wild Cat」の方がバキバキな感じ、「Tiger」の方がフワっとした感じになってますよね。
「そうですね。「Wild Cat」と「Tiger」で、バランスはいいかも。今、自分のiPhoneの呼び出し音は「Tiger」になっているんですよ」
ーーそうなんですか(笑)。そもそも変名プロジェクトをやってみたいという気持ちはあったんですか?
「そうですね。これまで、リミックスをする時に変名を使ったことはあったんですけど、アウトプットを増やすために、闇雲に変名を使うってことを、あまりやりたくなかったんですよ。でも、この5年くらいで、自分のダンス・ミュージックにおける方向性というものが、自分なりにでき上がったんで、だったらオルタナティブな名義があってもいいのかな、というところですかね」
ーーCROQUEMONSIEURというプロジェクト自体には、どんなコンセプトがあるんですか?
「それとは逆の発想ですね。僕が今本人名義でやっている音楽的コンセプトからは、今のところハズれてしまうもの。その受け皿がCROQUEMONSIEURって感じです。だからCROQUEMONSIEURでは、相当幅広いものができると思いますよ。何をやっても誰も怒らないと思いますし(笑)。だから、逃げ道的な感じのアウトプットかもしれません」
ーー通常の大沢さんの作風からはみ出ちゃうものにも、やってみたいものは沢山あって、それを実践していけるのがCROQUEMONSIEURだと言うことですね。何で“CROQUEMONSIEUR”という名前にしたんですか?
「もともとは、“KLEIN BLUE”という名義にしていたんですよ。イヴ・クライン(編注:’50年代末から’60年代初頭に活躍した、ヌーヴォー・レアリスム、モノクロニズムを代表するフランス出身の画家)が’57年に打ち出した、“インターナショナル・クライン・ブルー”(IKB)という、花紺のような青色にちなんだ名前なんですけどね。イヴ・クラインは、その青一色だけでいろんな作品を制作した、ミニマル・カラー、モノクローム絵画という表現方法を編み出した人なんです。で、LDKでは、なるべくソリッドでシンプルなままのトラックを出したいなってイメージもあったんで、そういったアート表現と音楽がつながっているのも面白いだろう、と」
ーーなるほど。
「で、“CROQUEMONSIEUR”の方は、もともと思い付きで考えた曲名だったんですよ。でも、それを聞いたOFF THE ROCKERの片われ、上村真俊君(bonjour records)が、“CROQUEMONSIEURをアーティスト名にした方が、面白くないですか?”って言うんで、ひっくり返ってしまいました(笑)。とんでもない経緯でついた名前ですけど、好きですね。今となっては、なんか」
ーー不思議なイメージの名前ですよね。食べ物ってところがいいですよ(笑)。で、「Wild Cat」と「Tiger」ですが、まず「Wild Cat」の方は、曲自体は結構前にできていたものなんですよね?
「そうですね。一年くらい前ですか。かなりムチャなつくり方をしましたね。鍵盤じゃなく、エンベロープでリフをつくってましたから(笑)。“ビ~”という延ばした音だけで、どこまで音階がつくれるのか、みたいな。でも、こういうトライって、いいですよ。だって、鍵盤の音楽って限界があるでしょう? (実際に「Wild Cat」を試聴しながら)…ヘンな曲ですね、やっぱり」
ーーリード・シンセのリフが特徴的ですね。普段の大沢さんの曲よりも、ワイルドだと思います。
「うん、「Wild Cat」ですから。本当は「イリオモテヤマネコ」でも良かったんですけど、それだとさすがに呆れられるでしょ」
ーーですね(笑)。カップリングの「Tiger」の方は、実は、過去にネットでデモを披露していた曲ですよね?
「ええ。たしか、“寅年だから”という理由でつくり始めた曲でした。一日くらいでできちゃったんじゃなかったかな」
ーーでも、バック・トラックは結構複雑なつくりになってますよね?
「すごい複雑ですね。通常ではありえないつくり方してますよ。サンプルのスタートポイントを動かしたり、ピッチを描いてフレーズを組んでます。何か音色を弾いてつくったものじゃないんですよ。「Tiger」は、DJでもよくかけてますね。この曲は、実は『SO2』に入れても良かったんです。でも、UKのA&Rと意見が合わなかったんで、入りませんでした。そのへんは、好みの問題ですよね」
ーーそうでしたか。エレクトロっぽいのに叙情的でもあるという、かなり面白い曲だと思います。そういう意味では、「Wild Cat/Tiger」は、ちょっとした意欲作、という感じでしょうか?(笑)。
「そうですね(笑)。僕、こういう感じの曲ならたくさんつくっているんで、言われれば、ネタ的に5~6曲はすぐ出てきますよ」
ーーLDKでは、こういった作品を今後もリリースしていく予定ですか?
「ええ。LDKは、そのためにつくったレーベルでもありますから、数ヶ月に一度くらいは出していきたいですね。リリースを、DJでタイムリーに使っていきたいですし。とはいえ、フロア・ライクな曲のみをリリースしていきたいわけじゃありませんけど」
ーーそのあたりは、ニューウェイブ時代にあったレーベルの良さを参考にしていきたいですね。いろんな曲を出しているけど、全体としては統一感があるという。
「ええ、そうですね。クレプスキュール、チェリー・レッド、ファクトリー、ラフ・トレード…。そういうレーベルを頭の中では思い描いています。音楽的バリエーションのあるレーベルにしたいと思ってますね。なんで、今後ともよろしくお願いします」