SHANTI インタビュー

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アメリカ人と日本人の両親を持ち、幼い頃から音楽に親しんできたバイリンガル・シンガー、SHANTI。ジャズ・ミュージシャンとのセッションや、自らギター演奏を披露するアコースティック・ライブを精力的に行う一方で、CM音楽や、J-POPアーティストのバック・コーラスに参加し、活躍を見せてきた実力派だ。ボーカルのみならず、類い稀なソングライティング・センスでも、注目を集めている。

ここにご紹介する『BORN TO SING』は、そんなSHANTIのメジャー・デビュー・アルバム。多彩なミュージシャンを迎え、アコースティック・ギターを主軸に、生楽器の温かみあるサウンドと、セッションならではのグルーヴが追求された意欲作だ。ここでは、時にメロウに、時に情熱的に響きわたる、彼女の表情豊かな歌声を堪能できる。また、ボーナス・トラックとして、吉澤はじめとコラボレートした「Curtain Call」が収録されている点も注目だ。

『BORN TO SING』の制作風景に迫るべく、SHANTI本人にインタビューを行った。


ーーSHANTIさんはこれまでに、ジャズ・シーンからJ-POPフィールドまで、様々な方面で活動をしてきましたが、ルーツにはどんな音楽があるのでしょうか?

「アメリカに住んでいるおじいちゃんは、ジャズ・ピアノを弾いていたり、父はドラマーだったりと、音楽が血に入っているんですよね。親戚にもミュージシャンが多くて、オペラ歌手や楽器のプレイヤー、あとはミュージカルに出ている人もいます。だから、シンガーになったのも自然なことで、“このジャンルのアーティストとの出会いが衝撃的で!”とか、そういうものってあまり無いんですよ」

ーー音楽が身近にあるのは、当たり前のことだったんですね。このたびリリースされた、メジャー・ファースト・アルバム『BORN TO SING』は、どんなテーマの作品でしょうか?

「とにかく、“自分の声を伝えたい”というのが一番でした。今まで、いろんなスタイルの音楽をやってきたから、今回のアルバムにも、ひとつのジャンルにとどまらない、様々なスタイルの曲が収められています。私は日本在住の洋楽アーティストというか、自分のバックグランドが二つあるということもあるわけですが、スタイルは多様でありながらも、最終的には、“その楽曲や、メロディーが望む歌い方でいいんだ”って思ったんです。素直に表現することが、アルバムのテーマでしたね」

ーーそんな本作では、生楽器を主体とした、温かみのある音が特徴的ですね。

「『BORN TO SING』の音は、ジャンルで言うよりも、オーガニックなサウンドと言った方が、理解しやすいかもしれないですね。生楽器の音づくりも、大事にした部分なんです。ライブの良いところって、自分の肌で、音の周波数を直に感じられるところだと思うんですよ。それをできるだけリアルに、CDでも残したいなと思いました」

ーーレコーディングは、どんな感じで進めたのですか?

「シンプルに、“この人と一緒に演奏したい”って思うミュージシャン達を集めて、一斉にレコーディングしました。譜面に、一人一人のパートを書いて渡したりはせず、録る前にリハーサルをして、その中で“ギターはこのリフで”、“ドラムのアプローチはもっとこうで…”とか、アイディアを出し合って微調整をしましたね。各ミュージシャンが持っている色を、つぶしたくなかったんですよ」

ーーその点では、各楽器の個性と、セッションならではの躍動感が、際立っていると感じました。また、アコースティック・ギターを中心に構成された楽曲もありますね。

「ここ3年ぐらい、木原(良輔)さん、私、西山(史翁)さんで、ギター・トリオ形式でライブをやっているんですよ。その中で生まれたサウンドをもとに、ドラムやベースを入れてアレンジを発展させた曲ですね。これまでライブでやってきた積み重ねが、表現できたと思います」

ーーたくさんのミュージシャンから良い要素を引き出す、SHANTIさんならではのコツってありますか?

「そうですね…。実は、ミュージシャンどうしが、たくさんおしゃべりしたり、食事を一緒にするっていうのが、すごく大事だと思います。ミュージシャンって、それぞれが個々のアーティストじゃないですか。みんな“自分時間”で生きているので、一緒にいても居心地にズレがあるんですよ。それは、私が自宅に招いて食事をつくったり、お茶を飲みながら話していくことで、お互い気持ちがほぐれて解消されるんです。そうやってリラックスした後に、何も考えず演奏をすると、すごく良いものが出てくるんですよね」

ーーそれは、意外なコツですね。作曲のアイディアは、どのように生まれるのでしょうか?

「歌詞とメロディーが同時に、頭の中に聞こえてくることが多いです。何日も何日も、4〜8小節ぐらいのメロディーが鳴って、頭から離れなくなるんですよね。『BORN TO SING』で、他のミュージシャンと共作している曲も、メロディーは基本的に私が書いたんですけど、ミュージシャンの人たちがセッションで弾いていた、コードのニュアンスや雰囲気の中に、情景みたいに言葉が見えてきたんですよ。すべてが自然発生なんです」

ーーセッションやライブで生まれる一瞬一瞬を、切り取って曲にできるのは、SHANTIさん自身が、歌と楽器演奏という双方のフィーリングをわかっているからなんでしょうか?

「楽器が弾けることで、ミュージシャンとつながりやすいっていうのはありますね。でも、ジャズ・ピアニストの演奏と、私の演奏では雲泥の差があるので(笑)。音楽の基本的な理論や、コードのつくり、スケールについても学びましたけど、理論に基づいて曲づくりしているわけではないんですよ。どちらかと言うと私は、アンテナを常に張り巡らせて、いろんなものを吸収しながら音楽をつくるタイプなんです。街には騒音もいっぱいあるし、嫌なものを吸収しちゃうこともあるんですけど、そういうグチャグチャしている、いらない要素が、曲づくりに入ると削ぎ落とされていくんですよね」

ーーところで、『BORN TO SING』には、カバー曲も多数収録されていますね。これらのアレンジでは、どんなところにこだわりましたか?

「ジャズのアーティストって、みんな昔のスタンダード・ナンバーをカバーしているじゃないですか。でも大体は声が違うだけで、わりとアレンジの似たものが多いんですよね。それじゃつまらないと思って。昔の曲をリスペクトする気持ちと、今のリスナーが聴いても良いなって思えるようなアレンジ、その両方を形にしようと思いました」

ーーたしかに、まるで全く新しい楽曲のように聞こえる、挑戦的なアレンジになっていますね。

「ギター・トリオで演奏していると、ドラムやベースがいないから、全体的に単調になりやすいんですよ。だから、小編成でどこまでアレンジできるかも、課題の一つでしたね。ジャンゴ・ラインハルトっていう、ロマ・ミュージックのギタリストがいるんですけど、彼の曲にあるザクザク感やスピード感が、面白いなと思って。そのスタイルを取り入れてみたり、いろんな表情を上手く演出できるアレンジを選んだ感じかな」

ーー最後に、今後の活動に対する思いを聞かせてください。

「アルバムを聴いて、ライブに来てほしいっていう気持ちが一番大きいですね。音源で表現した温かさをライブでも伝えて、お客さんとの関係性を育てていきたいと思っています」

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UFFIE インタビュー

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’06年にデビューEP「Pop The Glock/Ready To Uff」をリリースするや、フレンチ・エレクトロの新星として一躍脚光を浴びたアフィ。ジャスティスらと共に、ED Bangerレーベルの人気アーティストとして活躍する彼女は、1987年生まれの、若きエレクトロ・ポップ・プリンセスだ。「Pop The Glock」リリース後は、「Hot Chick/In Charge」(’06)、「F1rst Love」(’07)といったオリジナル・EP/シングルを発表するかたわら、ジャスティスやミスター・オワゾらレーベルメイトの楽曲にゲスト参加し、話題を提供。現在は、その個性的なMC/ボーカルとキュートな容姿から、彼女のMySpaceトータル楽曲再生回数が1700万回を、YouTubeの再生回数が1000万を突破するほど、注目される存在となっている。

そんな彼女が、待望のデビュー・アルバム『セックス・ドリームス・アンド・デニム・ジーンズ』をリリースした。プロデューサー陣に、ED Bangerからフィーズ、ミスター・オワゾ、セバスチャンを、さらにマドンナとの仕事で知られる、フランス音楽界のベテラン、ミルウェイズを迎え制作した、注目作だ。その内容は、「Pop The Glock」、最新シングル「MC’s Can Kiss」、ファレル・ウィリアムスをフィーチャーした「ADD SUV」に代表される、彼女らしいエレクトロ・ポップから、バンド・サウンドに挑戦したタイトル曲までを配した、カラフルなものとなっている。

時代が生んだ新たなポップ・アイコン、アフィの魅力が詰まった『セックス・ドリームス・アンド・デニム・ジーンズ』。本作の内容と彼女の音楽観について、4月に来日した本人に、対面で話を聞いた。なお彼女は、8月にサマーソニックで再来日することが決定している。


【エレクトロとの出合い】

ーーあなたは、フロリダ生まれ、一時香港育ち、そしてパリで音楽活動を開始、というインターナショナルな生い立ちをお持ちですが、どういう少女時代を過ごしてきたんですか?

「まるで放浪の民みたいだったわね(笑)。でも、場所を転々とする人生しか知らないから、私にとってはそれが普通の生活だった。父親も出張することが多くて、常に家を空けていたから、こういうものなんだって思いながら育ってきたの」

ーーちなみに、ご両親はどこの出身なんですか?

「父親はイギリス人で、母親はアメリカ人よ」

ーーそういった環境の中、あなた自身はパリに落ち着いて、そこで音楽活動を始めたわけですが、パリがあなたの肌にあった理由は何でしたか?

「もともとは、当時パリに住んでいた父親に会いに行ったことがきっかけだったんだけど、そのままパリに居座ってしまったのよね。なぜかパリに引き込まれてしまって、去ることはなかったわ」

ーー音楽に興味を持ったのは、パリに行ってからのことだったんですか?

「いいえ。昔から音楽は好きだったから、パリに刺激されて音楽活動を始めたってことでもないわね。でも、パリに来てから、偶然曲を書くタイミングに恵まれて、「Pop The Glock」(’06)を出して、その後はトントン拍子…でもないけど、今の自分がいるのよ」

ーー子供の頃は、どんな音楽を聴いていたんですか?

「本当に幼い頃は、父親が聴いていた音楽を聴いていたわね。ピンク・フロイドとか、ボブ・マーリーとか(笑)。でも、11歳の頃にヒップホップと出合って、それからしばらくはヒップホップが好きになった。ボーン・サグスン・ハーモニーとか、そういうヤツ。あの頃の私は、ギャングスター系が好きだったのよ(笑)」

ーーでは、エレクトロが好きになったきっかけは何でしたか?

「パリに行くまで、私はエレクトロなんて全く聴いたことがなかった。その頃は、バンドがやっている音楽の方が好きだったわね。でも、パリで偶然エレクトロと出合って、“コレは未来のサウンドだ!”って思ったのよ。テクノロジーを使うことによって、可能性は無限大になるってことを発見したの」

【アフィ、誕生】

ーーあなたの存在を一躍有名にした「Pop The Glock」は、あなたが初めてつくった曲だったんですよね。どういう気持ちで手がけたものだったんですか?

「私にとって「Pop The Glock」は、“そこに自由があった”ってことを思い出させる曲ね(笑)。私は、ただ自分が好きなことをやりたくて、“イェー!”って感じで曲をつくっただけだった。だから、まさかこんなに多くの人が聴いてくれるなんて、思ってなかったわ。でも…今はいろいろなプレッシャーがある。あの頃とは違うわね」

ーーその「Pop The Glock」がきっかけで、あなたはED Bangerの一員となりました。彼らと知り合ったきっかけは、何だったんですか?

「パリの音楽コミュニティーって結構せまいから、ペドロ(・ウィンター:ED Bangerのボス)のことは昔から知っていたのよ。で、ベドロは「Pop The Glock」を耳にして、私に声をかけてきてくれたの。“契約を結ぼうよ!”ってね。その時は、進学するべきか、音楽の世界に行くべきか、どうしようかって悩んだわ。もちろん、音楽の世界に進んだわけなんだけど(笑)」

ーーED Bangerの一員として4年ほど音楽活動をしてきて、いかがですか?

「ED Bangerにいて良かったことなんて、全然ないわ(笑)。っていうのは、もちろん冗談よ。ペドロの良さは、売れると思ったアーティストと契約をするんじゃなくて、売れても売れなくても、彼が素晴らしいと感じたアーティストであれば契約するところね。そして、彼はアーティストに一切の自由を与えてくれる。ああしろ、こうしろって、全然言わないのよ。だからこそ、ED Bangerにいるアーティスト達は、みんな家族みたいな関係なの。本当に仲間って感じね」

ーーでも、今はみんな忙しくなってしまって、なかなか会えないんじゃないですか?

「本当ね。みんな忙しくしてるわよ。昔は、いつもツルんでいるイメージだったけど、最近は、“最後にいつ会ったっけ?”って感じ。仕方ないわね」

【少女から大人の女性に】

ーーでは、待望のデビュー・アルバム『セックス・ドリームス・アンド・デニム・ジーンズ』について教えてください。なかなかアルバム・リリースのアナウンスがありませんでしたが、アルバムの制作を始めたのは、いつ頃だったんですか?

「アルバムの制作を始めたのは、一年半くらい前だったわ。「Pop The Glock」をリリースした後は、“他にも曲をつくって、またシングルを出して、次はアルバムね”なんて、平気な顔をしていたんだけど、いざつくり始めてみたら、“キャー、アルバムをつくるってこんなに大変なの?”ってことになってしまったのよ(笑)。休みなしにツアーしていたことも、時間がかかってしまった原因ね」

ーなるほど。アルバム全体にテーマみたいなものは、何かあったんですか?

「もしこのアルバムにテーマがあったら、もっと簡単に曲づくりができていたかもしれないわね。このアルバムには特別なテーマがなかったし、新しい曲と昔の曲を上手くまとめないといけなかったから、そこに結構苦労したのよ」

ーでは、“セックス・ドリームス・アンド・デニム・ジーンズ”という、アルバム・タイトルの由来は何ですか?

「このアルバムは、言ってしまえば、“自分が少女から大人の女性に成長していくまでの過程”を表現したものなの。つまり、過去4年間のアフィについてをね。で、タイトル曲「Sex Dreams And Denim Jeans」は、その、“大人の女になっていくこと”を歌った内容になっているわ。“セックスに関わる夢を見たことがある”って歌なんだけど、“デニム・ジーンズ”は、私にとって若さを象徴している言葉ね」

ーこのタイトル曲は、これまでにリリースしてきたあなたの楽曲とはタイプの異なる、バンドっぽいサウンドを打ち出したものになっていますね。

「ヒッピー調の曲になってるでしょ? ある時ミルウェイズが、“こういう曲もあるよ”って、昔の音楽を聴かせてくれたんだけど、それにすごく衝撃を受けたの。パンクな曲だったわ。で、その時に、私はバンクとかロックも聴いて育ってきたから、その影響もアルバムに入れたい、みんなに知ってもらいたいと思って、つくったの。歌詞は、一気にできあがったわ」

ーちなみに、本作のプロデューサー陣、フィーズ(Feadz)、ミスター・オワゾ、セバスチャン、ミルウェイズの中で、ミルウェイズだけはED Banger外部の人物ですね。彼をプロデューサーに起用した経緯は何でしたか?

「ある時クラブで会って、私はもともと彼のファンだったから、ずっと話をしていたら、盛り上がって“今度一緒に仕事してみようか?”ってことになったのよ。で、今回実際に仕事をしてみたんだけど、とてもウマが合ったわ。何日もスタジオにこもって、一緒に作業した。今はもうベスト・フレンドって感じよ」

【私は、ラッパーじゃない】

ーーアルバムの収録曲についても、いくつか教えてください。まず、マティ・セイファー(元ザ・ラプチャー)がボーカルで参加した「Illusion Of Love」は、どのようにして誕生した曲ですか?

「初めてミルウェイズとつくった曲なんだけど、初めて私が歌を歌った曲でもあったわね。人生の暗部を歌った曲で、自分の内面にある感情を歌詞にしたから、ものすごく緊張したのを覚えているわ。で、まずはミルウェイズとソファーに座って、彼がギターを奏でる横で、歌の指示を受けながら形にしていったの。緊張したわ(笑)」

ーーラップとボーカルとでは、やはり感覚が違いましたか?

「ぜんぜん違ったわ。今、ライブに向けて練習をしているんだけど、ボーカルって、一つ音程を外してしまうと、全てがおかしくなっていく。しかも、スタジオだとやり直しがきくけど、ライブだとそれができないでしょ? ものすごくプレッシャーを感じる…」

ーーなるほど。ボーカル曲としては、スージー・アンド・ザ・バンシーズ「Hong Kong Garden」(’78)のカバーも印象的ですね。この曲をピックアップした理由は何でしたか?

「二つの理由があって、一つは、私はこの曲が大好きだからってことね。もう一つは、想像つくと思うけど、私は香港に住んでいたことがあるからよ。私は、香港で違う文化に触れたことで、よりオープンな人間になったと思う」

ーーカッコいいカバーだと思います。また、「ADD SUV」には、ファレル・ウィリアムス(ネプチューンズ/N.E.R.D)が参加していますね。

「ファレルとは、以前東京のイベントで知り合ったのよ。「ADD SUV」にはラッパーが必要だって感じていたんだけど、私にとって理想のラッパーとは彼のことだから、お願いしてみたの。OKがもらえるとは思ってなかったんだけど、OKしてくれた。その翌週には、ビデオまで録っていたわ。歌詞は、アメリカの主婦には不幸せな人が多いって内容ね。不幸だから、鎮痛剤を飲んだり、昼間からマティーニを飲んだりして、妄想の世界に暮らしている。ポップなサウンドの曲だけど、歌詞はとてもダークなのよ。その対比が、私は好きなの」

ーーでは、シングル「MC’s Can Kiss」は、どのようにして誕生した曲ですか?

「私は、みんなから“アフィはラッパーじゃない”って言われ続けてきたけど、そのことがすごくアタマにきてたのよ。なぜなら、自分の口から“私はラッパーです”と言ったことなんて、私は一度もないの。だから、この曲のタイトルは、“私は、そんなこと言った覚えないわよ”って意味ね。“バカなことを言うMCは、私のお尻にキスすればいい”って意味よ」

ーー挑発的ですね(笑)。本作をつくり終えた今、エレクトロ・シーンの未来について、あなたはどんな展望を持っていますか?

「エレクトロのシーンは、これからもずっと続いていくと思うわ。だって、ダンスできるんだから。もちろん、クラフトワークの頃から変化してきたように、今後もその形は変わっていくと思うけど。これからもフランスが中心となって、シーンを活性化させていくといいわね」

ーー最後に、今後の活動目標を教えてください。

「まずは、最高のショーをやることね! あとは、私はファッションも好きだから、そっちの方面でも何かできるといいなって思っているわ」

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Lillies and Remains インタビュー

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2006年に、フロントマンのKENT(Gu/Synth/Vo)を中心に活動をスタートし、ニューウェイブ / ポスト・パンクを主体とした音楽性とシリアスな世界観で、国内のインディー・ロック・シーンにおいて話題を集めている気鋭バンド、Lillies and Remains(以下、Lillies)。2008年に、デビューEP『Moralist S.S.』、2009年にファースト・アルバム『Part of Grace』を発表し、早耳リスナーの間で話題となっている注目株だ。

そんなLilliesがこのたび、約1年ぶりの作品となるニューEP、『MERU』をリリースした。様々なサウンドを行き来するダンス・ミュージック・クリエイター、metalmouseをプロデューサーに迎えた本作。Lilliesの持ち味である、ソリッドなギターやボトム・ヘヴィーなバンド・サウンドはそのままに、ドラムン・ベースに通じるドライブ感やグルーヴが取り入れられた意欲作だ。

Lilliesの音楽的バックグラウンドと、新作『MERU』に込めた思いを探るべく、フロントマンのKENTに話を聞いた。


ーーLilliesの中核を担っている、KENTさんのバックグラウンドには、どんな音楽があるのでしょうか?

「物心ついてから最初にハマったのは、メタルでした。バンドは特にやっていなかったんですけど、とりあえずギターの速弾きとかを、練習していましたね(笑)。その後、高校に入ってすぐ位に、ニュー・オーダーが『Get Ready』っていうアルバムを出したんですけど、そこからニューウェイブやロックに興味を持つようになったんです。ちょど、ストロークスやブラック・レベル・モーターサイクル・クラブとかが出てきた時期でもありましたね」

ーーニュー・オーダーとの出会いがきっかけで、音楽性がシフトしたんですね。

「そうですね。もともと、北欧のメタルが持つ壮大な雰囲気が気持ちよくて、それは他のジャンルでは得られない感覚だと思っていたんですよ。でも、ニュー・オーダーの「60 Miles an Hour」の、キーボードでバーッと飛ばすような間奏を聴いて、“こんなこともできるんだ!”と新たな発見をしたんです」

ーーなるほど。でも、その頃はバンド活動はしていなかったんですよね?

「はい。でも、一人でずっと曲づくりはしていたんですよ。音楽をたくさん聴いて、その曲がなぜカッコいいのか自分なりに分析して、“これは、ドラムのフィルが良かった”とか、“ギターの入ってくるタイミングがいい”とか、わかっているつもりだったんで、自分でも曲がつくれるなって思い始めたんです」

ーーそうだったんですね。その後Lilliesを結成した際、当初はどんな音楽スタイルを目指していたんですか?

「言葉では言い表しにくいんですけど、ニューウェイブだとか、ジャンルは決めていなかったですね。とにかく、カッコ良くてドキドキするような音楽をつくりたかったんです。等身大の自分を歌って共感を得るものじゃなく、もっと遠い存在としてリスナーが見てくれるような、そんなバンドになりたいと思っていましたね」

ーーそうおっしゃる通り、Lilliesの楽曲では、シリアスな視点や、アートに近い世界観が描かれていますよね。

「そうですね。Lilliesの音楽は、ダークってよく言われるんですけど、僕らは単に暗いことを表現しているんじゃなくて、事象をシリアスに捉えているだけなんですよ。日々行われている物質的な消費ではなく、人間に渦巻いているものを、高いところから俯瞰しているような感覚を表現しているんです」

ーーなるほど。サウンド面に関しては、ジャンルにこだわらずとも、大事にしている点はありますか?

「最近はシンセも取り入れていますけど、基本的には、ギター二本、ベース、ドラムという四つで、どこまでリスナーの気持ちを高める音を出せるか、というところに挑戦していますね。無意味な音は鳴らさないように意識しています」

ーー使うツールはシンプルながらも、それぞれの楽器の可能性を最大限引き出すという姿勢は、楽曲にも色濃く表れていると感じます。このたび、ニューEP『MERU』がリリースされましたが、今作では、ボトムの厚みやグルーヴ感が、以前よりも格段にレベルアップしていますね。

「楽曲の構成自体の影響もありますし、ドラムとベースを同時に一発録りした曲もあるので、そう感じるのかもしれないです。あとは、このEPを制作していた時期に、僕自身があんまりロックを聴いていなかったので、自然とこういうスタイルになったというのもありますね」

ーー特に、「devaloka」や「a life as something transient」には、ドラムン・ベースに通ずるような、ダンス・グルーヴやドライブ感が表れているなと思いました。

「ベースラインには、もろそれが表れていると思いますね。ドラムの構成はドラムン・ベースのリズムにして、そこに白玉(全音符)系のベースを乗せると、ドラムン・ベースっぽく聞こえるんですよ」

ーーなるほど。細部にも、そういった意図が表れているんですね。そんな『MERU』では、metalmouseさんをプロデューサーに迎えていますが、彼と共作することになった経緯を教えてください。

「metalmouseは、もともと僕がファンだったので、こっちからアプローチして制作に参加してもらったんですよ。僕は今まで、国内で本当に尊敬できる作曲家とかバンドってあまりいなかったんですけど、彼とは、音楽制作の話をした時に、すごく手応えを感じましたね」

ーー実際、一緒に制作をしてみた感想はいかがですか?

「このEPは、僕がデモをつくって、それに意見をもらったりして制作を進めたんですが、すごく面白かったです。僕はメタル出身なので、音を足していきがちなんですけど、metalmouseはダンス・ミュージック畑の人なんで、音を削ぎ落としてくるんですよ。その辺のぶつかり合いが面白かったです」

ーーLilliesとmetalmouseでは、ルーツも今やっている音楽スタイルも全く異なりますが、そんな二組が一緒に制作をしたことで、新たに発見したことはありましたか?

「僕だったら音を乗せない箇所に、metalmouseが音を乗っけてきたりすると、“あっ、正解はこっちか”って思ったり。彼と一緒にやってみて、音づくりで悩んでいた部分が解消されたり、鳴らしたかった音を形にする方法を知ったりと、発見がたくさんありましたね」

ーーまた、「tara part1 :the first realization」、「tara part2 :fear of the end」では、シンフォニックなオーケストラル・サウンドにも挑戦していますね。これもすごく印象的でした。

「オーケストレーションは以前からやりたいと思っていたんですが、僕らだけでは実現できなかった要素なんですよ。曲のイメージは元からあったので、自分なりのオーケストレーションをデモに入れて、それをmetalmouseに手直ししてもらった感じですね」

ーー続いて、歌詞についておたずねします。『MERU』では、インド宗教の世界観をテーマに、サンスクリット語のキーワードが多数引用されていますが、こういったイメージは、どこから生まれたのでしょうか?

「もともと、インド宗教の世界観やヨガの考え方に共感することが多かったので、昔から、自分なりにいろいろ調べていたんですよ。今作で最初にできた曲は「decline together」なんですが、これはインド宗教の“天人五衰”という話をもとに書いたものなんです。“天人五衰”には、人間が天人として天界へ行って、そこで死ぬ時の兆候が描かれているので、EPの最後を締めくくるのに、ふさわしいと思ったんですよね」

ーー「decline together」を元に、他の曲が生まれていったんですか?

「楽曲自体はバラバラにでき上がったんですけど、自分が描いた曲の雰囲気と、テーマが上手くリンクしたので、作品全体としてある程度流れができるようにしました。一曲一曲が完結するように、例えば、登場人物はそれぞれの曲で変えているんですけど、全体を通してつじつまが合うようにしたつもりです」

ーーインド宗教の世界観を通じて、今作では、リスナーにどんなメッセージを届けたかったのでしょうか?

「僕が尊敬している、中村天風っていうヨガ行者がいるんですけど、彼が言っていた、“人間一人一人がもっと、自分の力を最大限発揮しないといけない”という哲学に、感化された部分があって。僕もそういうメッセージを、音楽を通じて発したいと考えたんです。輪廻転生とか、いろいろ言ってますけど、“ふと立ち止まって、世界をもっとちゃんと見つめ直して、自分の力を発揮してくれよ”っていう思いを込めました」

ーーそういったメッセージや世界観には、Lillies独自の感性が表れていますね。今後は、どんな音楽活動を展開していきたいですか?

「音楽の本質的な良さを、リスナーにわかってもらいたいですね。僕たちが本気で音楽をやっていることも知ってもらいたいし、日本ナイズされすぎた音楽に惑わされないで、みんなが良い音楽を聴ける環境にするのが、眼前の目標です」

Shinichi Osawa インタビュー

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’93年に『モンド・グロッソ』でアルバム・デビューを果たして以来、トップ・クリエイター、プロデューサー、そしてDJとして活躍する大沢伸一。彼が、前作『The One』から、約3年ぶりとなるオリジナル・アルバム『SO2』を、本日6月16日にデジタル・リリースしました(CD+DVDは、6月30日リリース)。ということで、iLOUDでは、大沢伸一に、かつて耳にしたことのない、全く新しいダンス・トラックが詰まった注目作『SO2』について語ってもらいました。

Shinichi Osawa インタビュー

Shinichi Osawa 未知なるサウンド&ビジョンが詰まった、革新的ダンス・アルバム

’93年に『モンド・グロッソ』でアルバム・デビューを果たして以来、トップ・クリエイター、プロデューサー、そしてDJとして活躍する大沢伸一。その卓越した音楽性で、常に時代をリードしてきた実力者だ。近年は、エレクトロを独自に解釈したサウンドで、新たなファン層を獲得。本名名義で発表した『The One』(’07)、『TEPPAN-YAKI (A Collection of Remixes)』(’09)は、英Southern Fried Redordsや、米Dim Makを通じで海外でもリリースされるなどして、国際的にも高い評価を獲得している。

そんな彼が、CD+DVDの2枚組最新オリジナル・アルバム『SO2』を6月30日にリリースする(デジタル配信は、楽曲音源のみで6月16日リリース)。Southern Fried Redordsサイドからのリクエストで制作をスタートさせた、海外リリース対応の注目作だ。その内容は、「LOVE WILL GUIDE YOU feat. TOMMIE SUNSHINE」「ZINGARO」「TECHNODLUV」「SINGAPORE SWING feat. PAUL CHAMBERS」など、かつて耳にしたことのない、全く新しいダンス・トラックが詰まったもの。様々なジャンルの映像クリエイターが手がけた、各曲のミュージック・ビデオと共に、唯一無二の音楽世界が展開されている点も注目だろう。

既存のジャンルや枠組みでは形容できない、衝撃的な音楽を楽しめる『SO2』。その内容について、大沢伸一に対面で話を聞いた。なお、本作の日本盤(ボーナストラック2曲収録)は、大沢伸一本人による楽曲解説ライナーノーツが付いたものとなっている。また、日本盤のDELUXE EDITION(初回限定盤)は、大沢伸一と上村真俊によるDJユニット、OFF THE ROCKERによるミックスCDが付いた、3枚組仕様となっている。


ーー本作『SO2』は、そもそもどういう主旨で制作が開始されたアルバムだったんですか?

「『The One』(’07)をリリースしたあと、Southern Friedから“オリジナル・アルバムをもう一枚やらない?”という打診があって、そこから始まったものでしたね。『The One』がSouthern Friedから出たのは、日本盤が出た2年後、’09年のことだったんで、次は同時進行でやりたいねってことになりました。で、基本的に“SHINICHI OSAWA”という名義は、エレクトロ以降の自分のDJスタイルから派生したものになっているし、Southern Friedと一緒にやるアルバムだったんで、将来的に何をやるのかは別にして、“ダンス・トラック系のアルバムをもう一作つくろうか”という感じでした」

ーー『The One』の海外リリースがきっかけだったんですね。

「ええ。で、本当はもっと早く制作を終えているはずだったんですけど、このタイミングまでズレ込みました」

ーーSouthern Friedは、ちゃんとUKでプロモーションをしてくれましたし、『The One』は、海外活動の布石にもなりましたよね。

「そうですね。例えばMondo Grossoの時も、世界20数ヶ国で作品をリリースしたことがありましたけど、それとは意味合いがちょっと違うと思うんですよ。日本でつくったアルバムが、SONYのディストリビューションでワールド・リリースされるというものではなく、制作の段階からきちんと海外レーベルと一緒に仕事をしていったものなんでね」

ーーなるほど。そもそも海外へ本格的に進出するというアイディア自体は、どこから生まれてきたものだったんですか?

「もう、こういう時代なんで、スタッフ一同、べつに日の丸を掲げて海外に出て行くようなつもりは毛頭なくて、この6〜7年くらいDJベースで活動してきたこの状態を、海外でも普通にそのままやれればいいよね、って感じでやってきただけなんですよ。インターネットが普及して以降は、良い意味で、もう地域差とかがなくなってきているんで、国内に限定して活動を行う意味も、あまりないじゃないですか」

ーーでも、実際に海外に出て行くと、やはり日本とは全然状況が違っていたりするんじゃないですか?

「そうですね。でも、エレクトロ・シーンでは、そこに世界的な一つの共通認識みたいなものができたんじゃないですかね。それがエレクトロの功績なんだと思いますよ。例えば、これまでのトランス、テクノ、ハウスといった分野だと、日本で行われていることと海外で行われていることには、やっぱり温度差や地域差が結構あったと思うんですよ。でも、エレクトロと呼ばれてきたものに関しては、もっと全世界共通の認識があったんじゃないかと思うんです」

ーーエレクトロには、確かにそういう側面がありましたね。

「世界各国の温度差が少なかったし、アンセムも全世界共通だったし、そういう分かりやすさがあったと思いますよ、この何年かは。だから、海外でDJをしても、あんまり違和感がなかったですよ」

ーーとはいえ、実際に海外でちゃんと活動しているアーティストやDJの数は、少ないですよね。やっぱり海外進出は、そんなに簡単に実現できる話じゃないと思いますよ。

「そうなんですよね。そういう意味では、僕は本当に運が良かったんだと思います。Southern Friedで良かったって思いますよ。他のレーベルからも何回かお話をいただいていたし、実はもっと熱意を感じたレーベルもあったんですけど、Southern Friedは、すごく落ち着いたペースで物事を進めてくれて、ノーマン(・クック)が契約している大きなDJエージェントも紹介してくれました。海外で僕の認知が高まっていったのは、そういった要素が全て上手く作用した結果だと思っています」

ーー加えて、大沢さんの作品にも、ちゃんとオリジナリティーがあったからだと思いますよ。日本にすごくオリジナルな曲を出している人間がいるぞってところに、海外のレーベルも興味を持ってくれたんだと思います。

「そこは、自分では何とも言えないところなんですけど、やっぱり自分の作品、自分のリミックス・ワークに、みんな興味を持ってくれたんだとは思います。僕と似たようなリミックスをやっている人っていなかったし、リミックスをやる度に作風が違う点も、面白かったんだと思います」

ーー本作のスタジオワークでも、いろいろ実験をしていましたね。

「ライナーノーツにも書いたことなんですけど、自分の知っている技法や手グセで音楽をやらないというのは、自分にとってこの何年間かのテーマなんです。これだけ似たようなものが反乱しているこの時代、坂本龍一さんが、“全く何にも似ていないメロディーなんてもうない”と言っているこの時代に、自分がビックリするような何かを生み出すためには、かなり無茶苦茶なアプローチをしていかないと、もうダメなんですよ」

ーーなるほど。

「音楽って、決して技術でつくるものじゃなくて、今鳴っているその音楽を自分が良しとするかどうかという、判断の繰り返しでできていくものだと思うんですよ。だから、僕は今、音楽をつくる行程は実験であるべきだと思ってやっているんです」

ーー“SO2”というタイトルに、何か意味はありますか?

「いつも言ってますけど、アルバムは個展みたいなものなんですよ。ある特定の期間の作品をまとめた、大沢伸一展みたいなものなんです。それに、ダンス・ミュージック的なものなんで、テーマやコンセプトありきの、アタマで考えるような作品じゃない。聴けば分かるものじゃないですか。このアルバムに関して、僕は音楽にメッセージなんて込めてないし、純粋に“音楽”をつくっただけなんで、その音楽を聴いてくれたそれぞれのリスナーが、自分との関係性とか意味を何か見いだしてくれれば、それでいんです。作者であるというエゴイズムで、僕の方から“こんなコンセプトだから、こんな風に聴いて”みたいに言うつもりは、全くないですよ。ダンス・ミュージックにおいて、僕自身そんな押し付けがましいアルバムなんて聴きたくないですし(笑)」

ーーとはいえ、本作には、大沢さんのライナーノーツが付いていますね。

「あれは、こんな風にしてやったよ、という日記みたいなものですね。ニッチな感じというか、読んでもあんまり意味が分からないような話に終始してます(笑)。あんまり分かりやすく書く努力はしませんでした。難しいことを難しいなりに書いたんで、興味を持ってくれた人はそれを調べて、さらに音楽や音楽にまつわる旅に出てくれればいいって感じですかね。僕はやったことのない作業が好きなんで、書き出したら結構楽しくなっちゃいましたね」

ーー大沢さんは、もともと映画や文学も好きなんですよね。

「ええ。映画を観るのも本を読むのも大好きなんで。僕の場合、10代の時がリアル80’sだったこともあって、周りがみんな文学少年、フランス映画オタクみたいな環境で育ったんですよ。’80年代には、そういうカッコイイ文化に自分の身を投じるのがいい、みたいな雰囲気があったじゃないですか。今の時代にはありませんけど。でも、ニューウェイブも含めて、そういった人と違うことを考えようだとか、人と違うのは良いことだっていう文化に触れられたのは、良かったですね。ニューウェイブ世代ですから、その考え方はかなり植え付けられていると思います」

ーーええ。

「ただ、その反面というか、良くなかった一つの側面として、ちゃんと理解できる精神年齢に達する前に、あまりにも難しいモノに触れちゃったんで、表面的なカッコ良さだけを切り取っちゃってたような部分もあったと思いますね。背伸びをして、分かったフリをしていたというか。音楽は感じるものなんで、それで良かったんですけど、文学や映画って、人生経験とすり合わせた時に初めて理解できるような、もっと深いものじゃないですか。だから、当時触れた映画を改めて見直したりすると、いかに自分が勘違いしていたり、理解の幅が狭かったのかってことを、思い知らされますよね」

ーーなるほど。そういった思いから、再び映画や文学への関心が生まれてきているんですね。

「もし’80年代を過ごしてなかったら、こんな音楽家にはなってなかったと思いますよ」

ーー音楽家として、どこに到達したいとか、目標地点みたいなものはあるんですか?

「目標地点というわけではないんですけど、僕は本格的に映画音楽をやったことがないので、ビジュアルと音楽の関係性にもっとコミットしていきたいな、とは思ってます。例えば、映画自体を誰かと一緒にやってみたりして、そこで音楽の在り方を考えるとか」

ーーそれは、現実的に近くにある目標、といった感じですかね。実際本作は、全曲にミュージック・ビデオが付いた作品にもなっていますね。このアイディアは、どこから出てきたものなんですか?

「今回のアルバムにミュージック・ビデオを付けようというのは、たまたま日本のA&Rサイドから出てきたアイディアだったんですよ。最初はピンとこなかったんですけど、やってみたら“音楽って映像が付くだけでこんなに聞こえ方が変わったり、イメージが広がったりするんだ”って思いましたね」

ーー特に上手くいったと感じたミュージック・ビデオはどれでしたか?

「女性クリエイター三名の作品ですかね。特に「TECHNODLUV」。の迫田悠さんが担当してくれたこのビデオは、最初に取りかかったものだったんですけど、僕の中に、あのマッシブなトラックとは相反する、ちょっとファンタジーっぽくて可愛いキャラクターが行進している図、というのが一つあったんですよ。なんで、それを彼女に伝えたら、その場でスケッチをしてくれて、あのちょっと毒のあるクマのキャラクターが出てきたんです。で、“あぁ、クマいいですね”みたいになって(笑)。だから、このミュージック・ビデオはハマったというか、すんなり進みましたね」

ーーなるほど。他の女性クリエイターについても教えていただけますか。

「「LOVE WILL GUIDE YOU feat. TOMMIE SUNSHINE」のミュージック・ビデオに加えて、このアルバム全体のアートワークもやってくれたニッキーさん(Niky Roehreke/ニキ・ローレケ)というアーティスト。彼女も、僕が抱いていたイメージを最大限に拡張してくれましたね。それと、「ZINGARO」のYUKIKOさん。切り絵のアニメーションをやっている人なんですけど、この曲には僕の中で、当初から馬のイメージがあったんで、“馬だけは絶対に出して欲しい”ってことを伝えました。そうしたら、すごく楽しい映像というか…なんでしょうね。僕は、マッシブな音とファンタジーな映像を組み合わせた、ちょっとヘンなバランスのものが好きみたい」

ーーそれにしても、各曲にフル・レングスのミュージック・ビデオが付いているということは、DVDJができるってことになりますね。

「はい。ただ、DVDJでプレイできたらいいとは思いますけど、そこまでは考えてなかったですね(笑)。しかも、今はアルバムをつくり終えて、違う方向に気分がいってしまっているんです。ライブをアナログ機材でやりたいな、とか(笑)」

ーー本作の中で、特別な意味合いを持っていた曲はどれでしたか?

「やっぱり、「ZINGARO」とか「TECHNODLUV」じゃないですかね。どっちの曲も、自分がやってきたことの延長線上にはないものだと思うんで。僕、さっき“アルバムにコンセプトはない”って言いましたけど、完成した曲を並べてみると、結果として自分の中に共通の流れみたいなものはあって、それはフォークロア的なものだったんじゃないのかなって感じますね。時代や地域に特定されない民族的、民話的な何かというのは、どこかにあると思います。今作は、どういうわけか半音階が多かったり、俗にエスニックと呼ばれている要素が入っていたりしましたから。実際に、ベイルート、ヴォルケーノ・クワイア、メトロノミーみたいな音楽は、並行して聴いていたわけですし」

ーー本作の制作期間は一年くらいかと思いますが、あっという間って感じでしたか?

「これだけをやっていたわけじゃないんで、わりとあっという間でしたね。実働時間は、かなり少なかったんじゃないかな。こねくり回した曲もありましたけど、へたしたら数時間で終わった曲もあったんで。でも、それを自分の中で熟考して、“コレはこれでいいんだ”っていう風になるまでには、かなり時間がかかったと思います」

ーー次のアルバムはいつ頃に出したいと思っていますか?

「まだ何も考えてないですけど、ダンス・トラック的なアルバムは一回お休みするかもしれないですね。どうなるか分からないですけど、ダンス・ミュージックという制約すらない音楽をやってみるかもしれません。また別の名義でね。まぁ、今年に関しては、『SO2』のこと、Bradberry Orchestraのこと、LDKのことで手がいっぱいだと思いますよ。もちろん、他アーティストのプロデュースもやると思います」

interview TOMO HIRATA

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pitchtuner インタビュー

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ドイツ人のヨハネスとステファン、日本人のMIKIが’01年に結成したエレクトロ・ロック・バンド、ピッチチューナー。デジタリズムやボーイズ・ノイズら、有望なエレクトロ・アクトを輩出しているドイツにおいて、バンドという切り口で、いち早く独自のサウンドを打ち出してきた実力派だ。これまでに3枚のアルバムをリリースしている彼らは、現在、ヨハネスとMIKIの二人体制で、ヨーロッパを中心に精力的なライブ活動を行っている。彼らに、まずは、どんな音楽性を目指しているのか聞いてみた。

「エレクトロニック・ミュージックは、頭の中でプログラミングするもので、バンドの音楽は、より人間的でフィジカルなものだと考えているんだ。その二つをいかに融合させるかに重点を置いてるよ」(ヨハネス)

そんなピッチチューナーが’08年にリリースした最新アルバム『riding the fire』が、このたび日本盤としてリリースされることとなった。本作は、キャッチーなエレクトロ・ポップや、アグレッシブなギター・ロック、ジャム・バンド思わせるダイナミックなインスト・ナンバーまで、一口でエレクトロとは言い尽くせない、多彩な楽曲がつまった意欲作となっている。ボーナス・トラックである、ピッチチューナーと親交の深いベルギーのバンド、ダス・ポップによる「hikari」のリミックスも聴きどころだ。アルバムについて、メンバーの二人はこう語る。

「ライブで演奏することをイメージしながら、頭に浮かんだメロディーやビートを組み立てていったんだ。曲を聴いてもらったときに、心に届くかどうかもイメージしたよ」(ヨハネス)

「エレクトロとライブの融合を実現するために、本作ではライブ・レコーディングという形を取りました。自分たちはライブ・バンドだと思っているし、いつも一緒に演奏しているのに、レコーディングのときだけ別々に演奏することに、違和感があったんです」(MIKI)

ライブでは、自ら制作したギターやMIDIコントローラーを用い、いっそうダンサブルでグルーヴ感あふれるサウンドを展開するピッチチューナー。6月には、東名阪を回るジャパン・ツアーも予定されている。今回のツアーではどんなライブを行う予定なのか、意気込みをたずねてみた。

「アルバムに収録される「supersonic ride」の歌詞にもあるんだけど、“一緒に船に乗って旅をしようじゃないか”、という気持ちで、お客さんと一体になって、一気に走り抜けるようなライブにしたいと思ってるよ」(ヨハネス)

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AA= インタビュー

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エレクトロニック・サウンドと、ハードコア / ミクスチャー・ロックの融合を体現してきた先駆的バンド、THE MAD CAPSULE MARKETSで、ベース、ボーカル、プログラミングを担当し、同バンドの中核として活躍してきた、上田剛士。2006年にバンド活動を休止した彼が、2008年にスタートさせたソロ・プロジェクト、AA=が、このたび2作目のアルバム『#2(セカンド)』を完成させました!
これまで以上にビートの質感にこだわり、ダンサブルなサウンドへ接近を見せている本作。その内容は、上田剛士の確固たるポリシーをストーリー仕立てで紡ぎ上げた、コンセプチュアルなものとなっています。

ここでは、その制作背景に迫るべく、上田剛士にロング・インタビューを行いました。なお『#2』を、iTunes Storeで6月8日までに予約注文した方は、アルバム本編には未収録の限定ボーナス・トラック「GREED… (DEXPISTOLS REMIX)」がゲットできるそうです。さらに予約時には、先行で「GREED…」のオリジナル・バージョンもダウンロード可能。そちらも早めにチェックしてみてください!

AA= インタビュー

PENDULUM インタビュー

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’08年にリリースしたメジャー・デビュー・アルバム『In Silico』が、全英アルバム・チャート初登場2位を記録、プラチナ・アルバムに到達するセールスを記録し、一躍スタジアム級ライブ・アクトに仲間入りを果たしたペンデュラム。’02年にオーストラリアのパースで結成された、6人組のヘビー・エレクトロニック・ロック・グループだ。ライブ・パフォーマンスの実力は折り紙つきで、日本を含む世界各国のフェスティバルで、不動の人気を獲得している。

そんな彼らが、待望のニュー・アルバム『イマージョン』をリリースする。彼らが編み出した、ルーツであるドラムンベースゆずりのパワフルな高速ビート、メタリックかつシンフォニックなシンセ・サウンドを、より華麗に、よりワイドに発展させた意欲作だ。その内容は、シングル「Watercolor」や「Salt In The Wounds」を筆頭に、正にビッグ・ステージ映えする、フィジカルで開放感に満ちたサウンド・ウェイブが押し寄せるものとなっている。

ここでは、ペンデュラムの中心メンバー、ロブ(Vo/Synth/Producer)とガレス (B/DJ) が語る、最新作『イマージョン』のオフィシャル・インタビューをご紹介しよう。なお、彼らは、8月にサマーソニックで再来日することが決定している。


ーーニュー・アルバム『イマージョン』の完成、おめでとうございます。現在のペンデュラムが立っている場所は、どんなところですか?

ロブ「このアルバムは、ペンデュラムのこれまでの活動の中で、最大かつ最高の作品だね。ファースト・アルバム『Hold Your Colour』(’05)にはなかった自由、セカンド・アルバム『In Silico』(’08)に欠けていた“時間”と“経験”が、ようやく自分達のものになって、今までで一番良いアルバムが完成した、っていう気持ちだ」

ガレス「全くその通りだね」

ーー今、ペンデュラムを初めて聴く人に、自分達の音楽を説明するとしたら、どうなりますか?

ガレス「僕らのサウンドは、ダンス・ミュージックをつくる人なら誰もが通過する、ヘビーなエレクトロニック・ミュージックから影響を受けている。ダンス・ミュージックと言っても、僕らのルーツはもっとサブ・ジャンル的なところにあるけど、全体的には、それよりももっとキャパシティーのある、幅広いサウンドを目指しているんだ」

ーー本作では、テクニック的にも音楽的にも成長したと実感していますか?

ロブ「このアルバムで、僕らは間違いなく進化を遂げたと思う。前作の時は、テクニック面でまだ学んでいる段階の部分があったからね。フル・ボーカルの取り込み方とか、ギターとドラムのレコーディングの仕方とか。だから、このアルバムでは、より多彩なサウンドを目指したんだ。今回のスタジオ作業では、自分達の意図するままに音を操れたから、気持ち良かったよ。納得いくまで、好きなようにやれたしね」

ーー本作には、ダブステップ、ハウス、ラガ、ダブ、メタルなど、様々なスタイルが取り込まれていますが、アルバムのインスピレーション源は何でしたか?

ロブ「僕らがこれまで聴いてきた音楽の全てだと思う。このアルバムを制作していた日に聴いた曲も、10年前に聴いていた音楽も、全部が一つに混ざり合った感じで、インスピレーション源になっている」

ガレス「今作は、特にそうだね。現時点で僕らが感じていることだけじゃなくて、メタルに夢中だった十代の頃に受けた影響なんかも、このアルバムには現れているんだ」

ーー前作よりもギターの量が少ない気がしましたが、これは意識的なものですか?

ロブ「ここにギターは必要ないと感じた時は、無理せずにギターなしで曲を完成させたんだ。どのみちライブでは、即興でギターを入れるかもしれないしね」

ガレス「僕らの演奏スタイルでは、原曲のパーツに、ギターを好きな形でフィットさせることが可能なんだ」

ロブ「(反対に)ギターがある曲では、たぶんこれまでのペンデュラムの作品の中でも、最も多くギター・サウンドが入っていると思う。良いバランスのアルバムができたと思うよ

ーー先行シングル「Watercolor」について教えてください。

ロブ「「Watercolour」は、今作のイントロダクション的な役割を果たすのに、最適な曲だと思う。アルバムの全てを伝えている曲じゃないけど、試聴にはピッタリな感じさ」

ガレス「そうだね。ペンデュラムっぽさが十分に出ているから、聴く人が“方向性がガラッと変わってない、良かった!”って、安心できるでしょ(笑)」

ーー世界初の360度インタラクティブ・ミュージック・ビデオで公開された、「Salt In The Wounds」の方はいかがですか?

ロブ「「Salt In The Wounds」は、アルバムの中で、一番ハッピーな時にできた曲だったな」

ガレス「「Salt In The Wounds」みたいな曲って、つくっていて一番気持ちが良いよね。僕らのギタリストは、この曲のことを“The Son of Slam”って呼びたがっているよ」

ーーコラボレート曲の、「Immunize (feat. Liam Howlett)」「Self vs Self (feat. In Flames)」「The Fountain (feat. Steven Wilson)」について教えてください。これらは、どのように進めていったんですか?

ロブ「それぞれ違うやり方で進めたよ。例えば、イン・フレームスっていうバンドは、大所帯でさ。何人いたっけ?」

ガレス「メンバーが6人いて」

ロブ「さらにクルー、マネージャー、ツアー・マネージャーもいた」

ガレス「彼ら全員が、ロンドンのカムデンにある、俺達の小さなスタジオに来たんだ。しかも、みんな大柄なスウェーデン人だったから、部屋の密度がかなり高かったよ」

ロブ「彼らとのコラボは、すごく理想的な形で、自然に進んだね」

ガレス「あとは、メールでのファイル交換を使ったコラボになったかな。忙しい時は、そうせざるを得ないから」

ーーところで、あなた達はスタジオで曲をつくっている時、ライブで演奏することを想定していますか?

ガレス「曲を書く時は、あんまりライブ・パフォーマンスのことは想像しないように気をつけているよ。そっちに神経を集中しちゃうと、逆に妥協した曲を書いちゃいそうでさ。悩ましいところだね。まあでも、曲によるかな」

ロブ「「The Vulture」は、ライブのことをイメージしないで完成させる方が、逆に難しかった。もともと、すごくライブ感のある曲だったからね。曲をつくっている間、ついついグラストンベリーのステージで演奏している自分達を想像しちゃったよ」

ーー最後に、今後の活動予定を教えてください。

ガレス「僕らは、これからも常にチームとして動いていくよ。このアルバムをツアーに連れて出るのが、すごく楽しみだね。ここまでライブで演奏するのが楽しみなのは、初めてだよ。絶対にオーディエンスの反応がポジティブだっていう確信があるんだ」

ロブ「今、リハーサルで、さらに成長したペンデュラムをバリバリ感じているから、アルバムの曲をライブで披露できることに興奮しているよ」

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MASTERLINK インタビュー

MASTERLINK

’02年に結成された、東京出身のエレクトロ・ロック・バンド、MASTERLINK。メンバーは、NARU(Vo/G)、KOJI(B)、YASU(Dr)の三名。様々な音楽コンテストやオーディションに出場し、その度に高い評価を獲得してきた実力派だ。’09年春には、有名ポータブルオーディオプレーヤーの新シリーズに、宇多田ヒカルやマルーン5といった人気アーティストと共に、インディーズながらオリジナル楽曲がプリインストールされるに至っている。

そんな彼らが、遂にメジャー契約を交わし、デビュー・シングル『Traveling』をリリースする。キャッチーなメロディー、ダンサブルなビート、ドリーミーなエレクトロ・サウンドの三拍子が揃ったオリジナル曲「Traveling」「Miss You」と、☆Taku Takahashi(m-flo)がリミックスした「Traveling TAKU REMIX」、計3曲を収録した注目作だ。「Traveling TAKU REMIX」は、既に<Tachytelic>や<GANBAN NIGHT>でクラブ・プレイされ、大きな反響を得ているという。

デビュー作らしい瑞々しさと同時に、成熟した音世界も楽しめる『Traveling』。本作の内容と、MASTERLINKの音楽性について、メンバーのNARUに話を聞いた。


ーーまずは、MASTERLINKを結成した経緯について教えてください。

「だいぶ前の話になっちゃうんですけど、KOJI(B)の家に遊びに行ったら、彼はすでにベースを始めていて、それを見てカッコいいなって思ったんですよね。彼のお父さんって、ミュージシャンだったんですよ。それで、“KOJIがベースなら、オレはギターだな”って思って、ギターを始めました。まだ中学生の頃でしたけど、そこがバンドの出発点ですね。で、最初は邦楽の曲をコピーしたりしていたんですけど、次第にオリジナル曲をつくるようになっていきました」

ーーなるほど。

「二人しかいなかったんで、とりあえず僕がギターとボーカルをやって、KOJIがベースとラップをやるみたいな、わけの分からないスタートでしたけどね(笑)。その後、高校、大学、専門学校時代にドラムとボーカルを探していって、今のドラム、YASUが入ったのは、’04年でしたね。でも、ボーカルは結局見つからず、なぜか今もオレがやっている次第です」

ーー正式に音楽活動をスタートさせた’02年の時点では、どんなサウンドを追求していたんですか?

「手探りでしたね。KOJIがDragon AshのCDを持ってきて、“ラップとは何か?”という話から、とりあえず韻をふんでみたり、“ラップが乗るトラックとは何か?”ということで、打ち込みのドラムをいろいろ勉強してみたり…。“ウチら、ヒップホップな感じじゃないじゃん。体格からして…”ってことになりましたけど(笑)」

ーー現在のMASTERLINKにヒップホップ的な要素はありませんが、バンド・サウンドに打ち込みの要素をミックスしていくというスタイルは、その頃から既に実践していたんですね。

「そうですね。もともとアンダーワールドのようなテクノとか、レディオヘッド、コールドプレイのようなUKロックも好きだったんで、そういうスタイリッシュでメロディアスな要素を加えていくようになったんです。打ち込みの要素も、それと共に強くなっていきました。ギターはもちろん、ピアノやストリングスの音も好きですし、アナログ・シンセの音も好きですから」

ーーでは、この度リリースされるデビュー・シングル『Traveling』について教えてください。まず、作品全体のテーマは何かありましたか?

「シングルなんで、バンドの全体像は見せられないとしても、エレクトロ的な部分、ロック的な部分、さらに自由な要素としてリミックスと、自分達のやりたいことが一目瞭然で分かる内容にしたかったですね。歌詞の内容も、恋愛についてとかじゃなく、最初のシングルに相応しいものにしたかった。一曲目の「Traveling」は、3~4年前にデモをつくって、そこから何バージョンか実験を重ねてきた曲なんですけど、今の自分達にとって、ストライク・ゾーンにあるエレクトロ・サウンドになったと思っています」

ーー2曲目「Miss You」は、よりバンドっぽいサウンドを指向した楽曲に仕上がっていますね。

「「Miss You」は、「Traveling」の後につくった曲で、やっぱりギター・ロックのテイストも出したいということで収録しました。今の三人でできることをやった、という曲ですね。バンド・サウンドにエレクトロの要素を合わせた曲になっているんですけど、生のサウンドと打ち込みのサウンドが混ざり合った時のあの感じって、とっても気持ちいいですよね」

ーー「Traveling」も「Miss You」も、とてもポップでメロディアスな楽曲ですが、曲づくりで意識したことは何でしたか?

「曲をつくる時はいつもそうなんですが、コード進行は単純に、メロディーは分かりやすく、他の要素はその時の自分達次第、という形でやりましたね。難しいことはやらず、ストレートに、というのが基本なんですよ。曲づくり自体は、自宅で結構細かい部分までコツコツつくり込んで、最後のミックス作業も自分達でやりました。レコーディング・エンジニアの勉強をしていたんで、その辺の判断はバンド内でできるし、そこまでやるのが自分達の理想なんですよ」

ーーそのこだわりが、MASTERLINKの音楽性につながっているんですね。本作には「Traveling TAKU REMIX」も収録されていますが、リミックス作品を聴いた感想はいかがですか?

「m-floの音楽は、バンドを始めた頃から聴いていて、“この曲はどうやってつくっているんだろう? 何でこんなことができるんだろう?”って、彼らに憧れていたんですよね。で、今回リミックスをやっていただいて、改めて“やっぱりすごいトラックメイカーだなぁ”って感じました。☆Taku Takahashiさんらしいトラックの面白さも出ていますし、メロディーも大事にしてくれていますし、単純に嬉しかったですね。こんな切り口もあるんだって、新鮮でした」

ーーでは最後に、MASTERLINKの今後について教えてください。

「まだまだ成長途中なんで、バンドのサウンドがどういうふうに発展していくのか、その過程をもっともっと楽しんでいきたいですね。どんどん新しいことに挑戦していきたいと思っています。あとは、出したい曲がまだまだ控えている状況でもあるので、次のリリースに向けて、さらに曲を仕上げていきたいと思っています」

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BROKEN SOCIAL SCENE インタビュー

namy

’99年にカナダのトロントで結成されたロック・バンド、ブロークン・ソーシャル・シーン。Arts & Craftsレーベルを代表する彼らは、それぞれが別バンドやソロ・ミュージシャンとしても活動を行っている、大所帯のグループだ。現在のメンバーは、ケヴィン・ドリュー、ブレンダン・カニング、ジャスティン・ペロフ、チャールズ・スペアリン、ファイストなど、約23名。『You Forgot It In People』(’02)や『Broken Social Scene』(’05)といった人気作を送り出し、確固たる地位を確立している。

そんな彼らが、待望のニュー・アルバム『フォギブネス・ロック・レコード』をリリースした。なんと、シカゴ音響派の中心人物、ジョン・マッケンタイア(トータス etc)をプロデューサー兼メンバーに迎え制作した、注目作だ。気になるそのサウンドは、彼らならではの多様な音楽性と、マッケンタイアの緻密なプロダクションが融合した、マジカルでドリーミーなもの。新たな音世界が展開していく、充実した内容となっている。

本作の内容について、バンドの主要メンバー、アンドリュー・ホワイトマン(アポッスル・オブ・ハッスル)に話を聞いた。なお、本作の日本盤には、ボーナストラックとして『Lo-Fi For The Dividing Nights』(10曲、約22分の最新EP)が、なんと丸ごと収録されている。


ーー早速ですが、ニュー・アルバム『フォギブネス・ロック・レコード』について教えてください。前作から約5年ぶりとなる作品ですが、制作はいつ頃スタートしたんですか?

「1年くらい前だったかな。制作には、9ヶ月くらいかかったと思う。今回は、時間を見つけてはシカゴに行って、ジョニー(ジョン・マッケンタイア)と作業をしたんだ。で、トロントでオーバーダブを重ねて、またシカゴに戻って、ジョニーのところでミックスダウンをした。今回ジョニーは、本当に深いところまで作品に関わってくれたね。彼は、ヨーロッパ・ツアーの一部にも参加してくれる予定だよ」

ーー今回、ジョン・マッケンタイアに参加してもらった経緯は何だったんですか?

「たしか、ケヴィン(・ドリュー)が彼にコンタクトを取ったんだ。もともとは、ジョニーにリミックスをしてもらうつもりで、ケヴィンが話を持ちかけたんだけど、そうしたら “リミックスには興味がないけど、ブロークン・ソーシャル・シーンとしてつくる作品のレコーディングになら、参加してもいいよ”って言ってくれたらしい。それがきっかけだね(笑)」

ーーそうだったんですか(笑)。で、本作には、これまで同様というか、これまで以上に多数のミュージシャン、アーティストが参加していますね。追加メンバーやゲストまで含めると、計33名にもなりますよ。曲づくりは、どのように行っていったんですか?

「実際のプロセスは、まずチャーリー(チャールズ・スペアリン)の家でジャムをして、とりあえずレコーディング素材をためることからスタートした。いくつかはすぐに曲としてまとまっていったけど、基本的に僕らはゴチャゴチャしていて、まとまりのないグループだから(笑)、ただただジャムをしていただけだったよ。で、その後ジョニーのところに行くようになって、素材の中から良いと思える曲をレコーディングして、形にしていったんだ」

ーーなるほど。

「でも、シカゴにあるジョニーのスペース(ソーマ・スタジオ)って、大きいわけじゃない。それなのに、僕らは大勢いて、誰もがいろんなことをやりたがっていた。クローゼットくらいしかないスペースに、人がひしめき合っていて(笑)、仕方なく、仮でもう一つ別のスタジオをつくったよ。で、3人がメインのスタジオで録音している間、暇にしている連中は、その別のスタジオで別の曲をつくっているような感じだった。最終的には、42曲もでき上がっていたね。このアルバムは、そこから14曲ピックアップしたものなんだ」

ーーなるほど。

「でも、シカゴにあるジョニーのスペース(ソーマ・スタジオ)って、大きいわけじゃない。それなのに、僕らは大勢いて、誰もがいろんなことをやりたがっていた。クローゼットくらいしかないスペースに、人がひしめき合っていて(笑)、仕方なく、仮でもう一つ別のスタジオをつくったよ。で、3人がメインのスタジオで録音している間、暇にしている連中は、その別のスタジオで別の曲をつくっているような感じだった。最終的には、42曲もでき上がっていたね。このアルバムは、そこから14曲ピックアップしたものなんだ」

ーーでは、そんな本作のタイトルを、 “フォギブネス・ロック・レコード”(Forgive-ness Rock Record)とした理由は何でしたか?

「“言葉とその音による魔法”を表現したかったんだ。日本語に、コトダマ(言霊)って言葉があるよね? それを思い浮かべて思い浮かべてくれればいいよ。“forgiveness”(許し)って言葉をみんなが口にするようになれば、もっと良い世界になるんじゃないかな(笑)。まぁ、ファンやリスナーの人達自身で、その意味を考えて、感じ取ってほしいしね」

ーー分かりました。音楽的には、より多彩な音のレイヤーを配しながらも、シンプルで抑揚のきいたサウンドを追求しているように感じました。

「そこには、ジョン・マッケンタイアの功績があるだろうね。彼は、サウンドをすごく正確に捉えるんだ。トータスやザ・シー・アンド・ケイクなんかもそうだけど、サウンドはすごく面白いテクスチャーを持っているのに、音がとってもクリアだよね。どの音がどこにハマっていれば、その音はクリアに聴こえるのかってことを、彼はよく分かっているんだ。僕らはポジティブで、何に対してもオープンなバンドだけど、このアルバムでは、そういう僕らのオープンに何でも受け入れていく性質と、ジョニーの細かく正確に音を配置していく才能が、上手く結びついたと思う」

ーーシングル・カットされた「Forced to love/All to All」は、どのようにして誕生した楽曲ですか? 特に「All to All」の方は、ある種ダンス・ミュージック的なアプローチの曲になっていて、驚きました。

「「All to All」は、リサ(・ロブシンガー)が歌った、確かにダンス・ミュージック的な曲だね。いろいろと変更を重ねながらつくり上げていった曲だよ。もともとは、アコースティック・ギターやピアノがたくさん入っていたんだけど、最後のミックスで落とされた。そこに、ジョンがストリングスのパートを加えたんだと思う。今回のレコーディングでは、何かパートを録音した後、それを家に帰って聴き返してみたら、同じメロディーを全然違う楽器が奏でている、ってことがよくあったね(笑)」

ーーこの夏には、フジロックで久々に来日しますね。’06年に出演した時のことは、覚えていますか?

「もちろんさ! でも、あのときは、ほとんど日本にいる時間がなかったんだ。成田に着いて、現地に行って、プレイして、寝て、飛行機に乗る、みたいな感じだったね。僕は、日本や日本文化が好きで、歌舞伎も三度観たことがあるんだ。もっと日本にいたかったなぁ。次はちゃんとしたツアーで日本に行って、ゆっくりしてみたい」

ーーでは最後に、ブロークン・ソーシャル・シーンの次なる目標を教えてください。

「はっきりしてるよ。今、みんなで新曲のライブ・リハをしているんだけど、「Sentimental X’s」って曲があるんだ」

ーーファイストと、メトリックのエミリー・ヘインズと、スターズのエイミー・ミランをフィーチャーした曲ですね。

「で、チャーリーが今までにプレイした中でも、一番のベース・ラインが入っているんだけど、まだちゃんとライブで再現できてない(笑)。だから、次の目標は、「Sentimental X’s」をちゃんとライブでもプレイできるようになることだね!」

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