インターネット上の動画コミュニティー・サイトをフィールドに広がり続ける、初音ミクをはじめとする歌声合成ソフト、ボーカロイドをフィーチャーした音楽ムーブメント。’07年8月に初音ミクが誕生して以来、楽曲プロデューサーやイラストレーター、動画クリエイターのみならず、ボーカリストや楽器のプレーヤー、ダンサー等のパフォーマー、一般の音楽リスナーをも巻き込み、今や一大カルチャーを形成している。
そんなムーブメントの渦中において、抜きん出た存在感を放ってきたのが、ここにご紹介するsupercellだ。コンポーザーのryoと、複数のイラストレーター、デザイナーからなるクリエイティヴ・ユニットであるsupercellは、その類い稀なメロディー・センスと、鮮烈なアートワークを融合させた初音ミク楽曲を、’07年よりニコニコ動画にアップし、瞬く間に注目を集める存在となった。現在680万再生を超える「メルト」を筆頭に、ニコニコ動画におけるsupercell関連楽曲の総再生回数は、5000万回を超えている。さらに、’09年3月にリリースしたファースト・アルバム『supercell』では、10万枚のセールスを記録。同年8月には、歌い手のnagiをフィーチャーしたシングル、「君の知らない物語」でメジャー・デビューを果たし、これまでに「さよならメモリーズ」「うたかた花火/星が瞬くこんな夜に」と3枚のシングルをリリースするなど、躍進を続けている。
そんなsupercellが、2年ぶりとなる待望のセカンド・アルバム、『Today Is A Beautiful Day』を完成させた。前述した3作のシングルに加え、新曲7曲を含む、全13曲を収録した本作。supercellらしい、青春の1ページをモチーフにした、エバーグリーンな輝きを放つ、シンフォニックなポップ / ロック・サウンドにさらに磨きをかけつつ、これまでになかったジャンルやテイストも取り入れた成長作だ。全収録曲で、nagiが儚くも力強い歌声を響かせているところも、大きな聴きどころとなっている。
さらに、本作のブックレットには、三輪士郎やredjuice、hukeら、supercellの気鋭イラストレーター陣による、全収録曲のテーマ・イラストを掲載。初回盤には、イラストはもちろん、宇佐義大(wooserdesign)がデザイン / ディレクションを手がけ、supercellメンバーのインタビューや楽曲解説も掲載した豪華版ブックレットと、新曲のPV等を収録したDVDが同梱される予定だ。
聴いて、見て、読んで楽しめるという、supercellならではのフォーマットに仕上がった『Today Is A Beautiful Day』。その内容と制作背景を探るべく、ryoとnagiに対面で話を聞いた。
【互いにファンだった、supercellとnagi】
__nagiさんは本誌 / iLOUD初登場ということで、改めてsupercellとの出会いから聞かせてください。まず、supercellの曲を歌ってみようと思ったきっかけは何だったんですか?
nagi「友達から教えてもらった「メルト」が最初に聴いたsupercellの曲で、すごく好きになったんですね。その後、ある日動画のコメント欄に、ryoさんが私の名前を書いているのを見て、“この人私を知ってるの?”ってびっくりしました」
__ryoさんはもともと、nagiさんのファンだったそうですね。
ryo「そうなんです。たまたま見た“歌ってみた”の動画で、すごく上手い人がいるなと思っていたんです。それで、“自分もnagiさんみたいな動画配信者になれたらいいな”、みたいなコメントを書き込んだら、nagiさんが実際に歌ってくれたんで、そうとう驚きました」
__nagiさんがsupercellの曲にひかれた理由は何だったんですか?
nagi「曲がいいのはもちろんですが、こんなに真っ直ぐな歌詞を書ける人がいることに驚いたんです。自分の中にある、恥ずかしさを乗り越えた歌詞に、魅力を感じました」
__nagiさんは、supercellとともに一緒に活動するようになって、何か大きな変化はありましたか?
nagi「supercellと活動をするまでは、エレクトロニカ系など聴く音楽も偏っていたけど、一緒にやるようになってからは、いろんなものを取り込みたい気持ちが強くなって、バンドものとか、王道のポップスとか、食わず嫌いで聴かなかった音楽も聴くようになりました」
__そうだったんですね。nagiさんは、supercellのように、ストーリー性のある楽曲を歌う際、曲で描かれている物語の主人公になった気持ちで歌うんですか?
nagi「どちらかというと、キャラクターになり切るというより、歌詞で表現されている感情に近い、自分の感情を歌っている感じです。共感するようなイメージですね」
__supercellの楽曲では、様々な感情がモチーフとなっていますが、歌うときは、どのようにその気持ちに入り込むんですか?
nagi「まず、余計なものは最初に捨てて、からっぽになるよう心がけています。その何もない状態から、どういう風に感情を組み立てようか考えながら歌っています。曲の歌詞を読めば、嬉しいとか、悲しいといった、だいたいの感情は把握できるけど、字面通りに飲み込むのではなく、歌詞の奥にある深い感情を探っていく感じです。“笑った”という言葉からは、普通、“嬉しい”といったポジティブな感情をイメージするけど、そういう自分の先入観を一旦捨てて、どうしてその感情に至ったかを考えていくと、自然とカラになれるんですよね」
【一つ一つの記憶を物語にしたセカンド・アルバム】
__それでは、セカンド・アルバム、『Today Is A Beautiful Day』について教えてください。まず、本作では全てnagiさんがボーカルを担当している点が、初音ミクをフィーチャーしたファースト・アルバムとの一番の違いだと思いました。今作では、最初からボーカロイドは使わない予定だったんですか?
ryo「ファースト・シングルの「君の知らない物語」でnagiさんに歌をお願いしたんですけど、他のスタッフは、曲ごとにボーカリストが変わると思っていたみたいですね。でも、自分はnagiさんのファンなので、全てに参加してもらいたいと思っていたんです」
__初音ミクという特定のキャラクターをフィーチャーしていないかわりに、本作では、全ての収録曲に、それぞれの主人公がいるイメージを持ちました。
ryo「自分は、音楽で喜怒哀楽を表現したくて、今回のアルバムでは、これまでの人生で経験したことや記憶していたものとか、そういう全ての感情を、うまくパッケージしたかったんです。だから、記憶を一つ一つ物語にして、表現していった感じなんですよね。まず「君の知らない物語」から始まって、最後に再びこの曲で終わるイメージが頭にあったんで、それを軸に、アルバムの流れをつくっていきました」
__「君の知らない物語」は、アルバムの2曲目に収録されていますが、この曲が本作の方向性を位置づけたんですね。収録曲それぞれが、独立した物語になっているので、いろんな日の出来事や気持ちをスケッチした日記というか、ショート・ショートや短編映画集のように感じられました。なぜ、『Today Is A Beautiful Day』というタイトルにしたんですか?
ryo「昨年公開された『告白』という映画で、“人生は素晴らしい”みたいなことを語る背景で、レディオヘッドのような、メランコリックな音楽が流れていたのが印象的だったんです。本作は、そういう皮肉めいたイメージで、“Today Is A Beautiful Day”と捉えても、そのままストレートに“今日はいい日だ”と捉えてもらっても構わないんです。人生って、そのどちらか一方の感情だけではないし、どちらの立場にいても、“Today Is A Beautiful Day”と言うことができますよね。だから、その日の感情によって、捉え方が変わるような言葉をタイトルにしたかったていう」
__なるほど。では、各曲について詳しく教えてください。まずは、1曲目の「終わりへ向かう始まりの歌」ですが、これは、イントロ的な短い曲ですね。
ryo「まず、“終わりへ向かう始まり”という単語をアルバム制作中に思いついて、1曲目が終わりだと面白いなと思ったんです。回想シーンから始まり、現在から過去に潜っていって、また現在に戻る流れをイメージしました。この曲では、しる(redjuice)さんに、アルバムのイントロとアウトロを聴いてもらって、何枚かラフを描いてもらったんです。絵を描く人には、いつも“その人らしくないもの”を求めているけど、今回も、いい意味でしるさんっぽくない、見たことのないタッチの作品が上がってきて驚きました(※この曲のイラストはP10~11を参照)」
__3曲目の「ヒーロー」は、『ヤングジャンプ』の新増刊雑誌、『アオハル』のテーマ・ソングに起用されています。この曲では、恋の始まりの、ドキドキするようなストーリーが展開されていますね。
ryo「『アオハル』では、漫画家さんに“自分の可愛いと思うヒロインを描いてください”という命題があったそうです。で、それと同じテーマで曲をつくってほしいと言われたので、だったら、実際にマンガ家さんに話を聞いてみようと思い、イラストレーターの三輪さんと、昔の思い出とか、いろいろ話をしてみたんです。その中で、漫画家を目指す少年を主人公にしようと思いつきました。中高生の頃って、オタクって迫害されるイメージがありますよね。でも、自分は、“オタクだっていいじゃん”って。自分もそうだったし、そういう子たちを応援したいと思っているんです。この曲では、主人公とヒロイン、第三者という、いろんな視点が入り組んでいるけど、それをnagiさんが、可愛く歌ったり、カッコよく歌ったり、歌い分けてくれました」
nagi「普段はやることのない手法ですが、性別やキャラクターがスイッチしていく感じを、この曲では特にイメージして歌いました」
__「ヒーロー」は、まるで学園もののラジオ・ドラマが歌になったような、斬新な曲でした。続く「Perfect Day」は、アコースティックで穏やかな曲調から、サビでエネルギッシュに変化する一曲ですね。
ryo「「Perfect Day」は、アルバムのタイトルに近いイメージの曲で、すごく良い日と、良くない日のどちらを“Perfect Day”と言ってもいいけど、どちらかと言うと、“きっと明日は…”というニュアンスから生まれています。アルバムを象徴する一曲だと思います。この曲では、フル・アニメーションのPVも制作していて、初回盤のDVDに収録される予定です」
【ヘヴィー・ロックにR&B!supercellの新境地】
__5曲目の「復讐」は、これまでにない激情系のヘヴィー・ロック・ナンバーとなっていますね。
ryo「「復讐」は、喜怒哀楽でいうと“怒”の曲ですね。この曲がないと、アルバムが全部青春で終わっちゃうなと思って(笑)。この曲は、最後に焼けた鉄の靴を履いて踊らされるという、『白雪姫』の原作がアイディアの源になっています」
__この曲では、nagiさんの可憐で儚いイメージを覆す歌声にも驚かされました。
nagi「他の曲では、自分に近い感情を探せましたが、この曲に関しては、どんな気持ちか理解できなくて、それを探すのが大変でした。でも、“あまり怖くなりすぎないように”とryoさんから言われたので、ドスの効いた感じよりも、なるべく可愛さが残るように意識しました」
__続く「ロックンロールなんですの」も、「復讐」とは全くテイストが違うものの、その名の通り、ロック色の強い一曲ですね。
ryo「松任谷由実さんやアンジェラ・アキさんのライブに参加している、ドラマーの村石雅行さんの叩きっぷりが、すごくカッコよくて、その様を見て、この曲のドラム・フレーズが思い浮かんだんです。これを村石さんが全力で叩いたら、絶対カッコイイなと。で、そのフレーズから組み立てていきました。この曲は、BPMが200以上あるんですが、ロックンロールのニュアンスを、早いテンポで再現したらどうなるんだろう?ということでつくってみました」
__この曲は、ドラムもアコギも、すごくリズミカルで、カッティングの効いたサウンドになっていますね。歌詞の口調や節回しも独特ですよね。
nagi「これは、歌ったときに、すでにテンションが上がっていて、仮歌をryoさんに返した段階で、かなり弾けてました。勝手にハモりをつけて、ryoさんに送り返したりしましたね」
ryo「この曲でもそうなんですが、nagiさんの意見は、ちょこちょこと取り入れさせてもらいました。デモを聴いてもらって、キーを変えた音をやりとりしたり、アドリブを入れてもらったり、歌詞をその場で書き換えたり、その場でトライ&エラーしながらつくっていった、本作の特徴がよく出ている感じがします」
__7曲目の「LOVE & ROLL」は、キュートでポップな、本作で唯一の打ち込み曲ですね。
ryo「この曲は、アルバムに入れるつもりじゃなかったんですが、周りのスタッフから、“タイアップの曲は、アルバムに入っていた方が嬉しい”という声が多かったんですよね」
__8曲目の「Feel so good」は、ジャズやR&Bの要素を持つ、ブラック・コンテンポラリー調ナンバーに仕上がっていますね。これまでのsupercellにはなかった、アダルトなムードに驚かされました。
ryo「この曲は、アルバムの中間あたりに、箸休めというか、息の抜けた曲がほしいなと思ってつくりました。ジャズ・トランペット奏者の日野皓正さんの息子さんで、ベーシストの日野賢二さんのプレイを、たまたま音楽番組で観たんですけど、すごく楽しそうに演奏していて、自分もいつかこんな人と一緒に、音楽をやれたら楽しいだろうなと思っていたんです。それが、この曲で実現しました」
__この曲は、日野賢二さんによる、スラップ・ベースのソロ・パートなど、聴きどころの多い一曲ですね。nagiさんは、こういうR&Bテイストな曲を歌ったことはありましたか?
nagi「こういう曲は初めてでしたが、本作の中では、私の年代に一番ハマっている歌詞なので、自然体で歌えました」
ryo「nagiさんは、節回しの速さやスピード感、声の質感とかが、すごくR&B的というか、初めて聴いたときから、そういう印象を持っていたんです。だから、こういう曲を歌ったら絶対にハマるだろうなと思っていました」
__続いて、「星が瞬くこんな夜に」ですが、ギター、ピアノ、ストリングスが取り入れられていることで、ポップであり、ロックでもあり、シンフォニックでもあるという一曲になっていますね。こうした曲調は、とてもsupercellらしいですね。
ryo「この曲は、『魔法使いの夜』というPCゲームのエンディング・テーマになるということで、原作を読んで、内容についての話も聞いて、物語の一瞬を切り取ってみた感じです。この曲に関しては、あまり試行錯誤した印象がないので、こういうテイストが得意ってことなんでしょうね。星の感じを表現するのにストリングスが、重要な役割を果たしていると思います」
__10曲目の「うたかた花火」は、ピアノとアコギが奏でるバラードで、花火の消え行く儚さが表現されていますね。
ryo「花火ってそのときは鮮やかで賑やかなイメージですが、後から思い返してみると、全然鮮明さがないから不思議ですよね。その雰囲気をなんとか曲で再現できないかなと思いました。で、スモークがかったというか、モノクロっぽいフィルムに、ほこりがかかったイメージを意識しました」
__11曲目の「夜が明けるよ」ですが、本作の中では一番落ち着いたスローな曲ですね。nagiさんの持つ繊細さが、最も表れている曲だと感じました。
ryo「これは、一番最後につくった曲で、ふとんに入っても寝れないときの気持ちから生まれた曲ですね。自分の作業部屋って、正面と左に窓があって、朝4時頃になると、空が若干白み始めるんです。5~6時にはどんどん明るくなり、気温も上がっていって、家の横に学校があるので、だんだん賑やかになっていくんですよね。そんな様子も、モチーフになっています」
__12曲目が「さよならメモリーズ」ですが、これもsupercellらしい、青春の1ページを描いた曲になっています。この曲でのnagiさんの歌声は、別れの日が迫る焦燥感や、抑えきれない感情を見事に表現していると思いました。
nagi「言いたいけど言えないという焦燥感は意識しました。実は、この曲の最後に、“スッ”と息を吸う音が入っているんです。仮歌の段階で、苦しくなって思わず入ってしまった音が、逆に“いいね”ってことになったんですよ(笑)」
ryo「息の音は、偶然の産物だったけど、結果的に重要なアクセントになりましたね。「君の知らない物語」で始まるので、この「さよならメモリーズ」は、最後に持ってくるのがいいかなというイメージがあって、それを軸に全体の流れをつくったんです」
__そうだったんですね。ラストを締めくくるのが「私へ」ですが、この曲のメロディーは、「君の知らない物語」と同じなんですね。
ryo「そうですね。その日が楽しくてもキツくても、明日がやってきて、その後もまた明日がやってきて…って、人生は続いていきますよね。だから、生きていくしかないんだって、去年思った時期があったんです。この曲には、諦めや絶望みたいな日々すらも肯定したくて、“頑張っていこうぜ”みたいな感じで、自分に向けた部分もありますね」
【“常にそばにいてくれる音楽”を目指して】
__『Today Is A Beautiful Day』で新たに表現できたことや、挑戦したことはありましたか?
ryo「全てだと思います。好きなものだけで固めず、やったことのないジャンルや、知らないものとか、今聴いている中でいいと思えるものをやってみたかったので、全てがチャレンジでした。自分は音大出身でもないし、音楽理論に詳しくて、ピアノがめちゃくちゃ上手いわけでもないので、メジャー・デビューして、音楽業界で活動していくこと自体がチャレンジなんですね。そう考えると、チャレンジすること自体がsupercellという認識を、今回のアルバムで新たにできた気持ちです」
nagi「私にとっても、今までありそうでなかった曲ばかりでした。昔は直感で歌うことが多かったですが、supercellで歌うようになってからは、一曲一曲に対して深く考えたり、歌いながら試行錯誤するようになりましたね」
__本作は、supercellの新たな面が、たくさんつまった作品になっていると思います。リスナーの方には、本作をどのように楽しんでもらいたいですか?
ryo「10代半ばくらいの人に説教臭いことを言っても、ピンとこないと思うし、音楽自体が説教臭くなると聴いてもらえないので、こういう感じで、自分流に“人生は素晴らしいんだよ”って伝えられたらと思っています。それに、自分の中では、ちょっと勇気がほしいときや、落ち込んでいるときなど、喜怒哀楽のどんなときにも、音楽がそばにいてくれるんですね。そんな、常にそばにいてくれる音楽をイメージして、このアルバムをつくったので、常に携帯してもらって、その人の力にしてくれたらいいですね」
nagi「時間が経っても、ふと思い出したときに聴いて、違う感想を持ってもらえたら嬉しいし、一緒に歌ってもらっても嬉しいし、自由に楽しんでもらいたいですね」
__supercellとして、今後どのような活動を展開していきたいですか?
ryo「今は、劇伴音楽をやりたいと思っています。あとは、長い展望だけど、死ぬまでにグラミー賞を取りたいですね。“何を言ってるんだ”とバカにされそうだけど、それでもいいんです(笑)。そう思われていた方が、受賞したときに、きっとみんな驚きますよね(笑)」
interview & text HIROKO TORIMURA
続きを読む→