「Born Slippy」「Rez」「King of Snake」「Moaner」「Two Months Off」といった名曲/人気曲を世に送り出し、世界屈指のダンス・アクトとして活躍する、カール・ハイドとリック・スミスの二人組、アンダーワールド。卓越したライブ・パフォーマンスの人気は絶大で、ここ日本でもフジロック、エレクトラグライド、オブリヴィオン・ボールといったビッグ・フェスで、ヘッドライナーの座を務めてきた。
そんな彼らが、前作『OBLIVION with Bells』(’07)以来となる、待望のオリジナル・ニュー・アルバム『バーキング(Barking)』を9月2日にリリースする。マーク・ナイト&D・ラミレス、ダブファイア、ポール・ヴァン・ダイク、ハイ・コントラスト、アップルブリム&アル・トゥレットという、クラブ・ミュージック・シーンの人気/注目プロデューサーとのコラボレート曲を中心とする、従来とは全く異なるアプローチで制作された意欲作だ。注目のそのサウンドは、ハイ・コントラストが参加した「Scribble」や、すでにUKでは話題となっている「Always Loved A Film」を筆頭に、ライブ・パフォーマンスやダンス・フロアの熱狂を、ダイレクトに音に反映させたもの。カールのボーカルもこれまで以上にフィーチャーされ、新しいアンダーワールドの魅力を感じさせてくれる。
開放感に満ちた、新機軸の収録曲でいっぱいの『バーキング』。本作の内容について、6月にプロモーション来日を果たしたカール・ハイドに話を聞いた。
【ライブとダンス・フロアに根ざしたアルバム】
―ニューアルバム『バーキング』の完成おめでとうございます。今作は、前作から3年ぶりとなりますが、現在の心境はいかがですか?
「日本に来て…ちょっと疲れているよ(笑)。今回、時差ボケはないんだけどね。それはともかく、オーストラリアでツアーをして、新しいライブセットを試してきたんだよ。新作からの曲を中心にしたセットだったんだけど、ライブ映えする曲ばかりだから、すごく手応えを感じたね。まあそれは当然で、この新作に入っている曲のほとんどは、前作『OBLIVION with Bells』を出した後、3年間世界各国をツアーしてきて、そのライブの中で実際にプレイをして、お客さんのリアクションをみながらアレコレとつくりあげていった曲ばかりなんだ」
―なるほど。
「こういう作曲スタイルは、かつてダレン・エマーソンがいた時に、リックがスタジオでつくった曲をダブプレートにして、それをダレンがDJでプレイして、お客さんの反応を直接見ながら曲を完成させていくという、自分達がかつてやってきたことと同じものだった。曲を早い段階のうちにライブで試して、みんなの反応を曲に取り入れいくというスタイルだね。この新作は、要するにそうやってできたアルバムだよ」
―『OBLIVION with Bells』は、今ふり返ってみると、あなた達にとってどんなアルバムでしたか?
「前作は、とても内省的な作品だったと思う。あのアルバムの前に、映画のサウンドトラックの仕事を二本やったということが、すごく反映された作品だった。僕らの作品は常に、そのときの自分達を素直に表現したものになっているんだよ。前作は、映画の編集室でシーンをみながら緻密に音楽をつくっていた時の作業光景が、そのまま入っている作品なんだ。だから、ある種とてもパーソナルな作品だし、ダンス・フロアから遠い部屋でつくった作品だったと言えるだろうね」
―では、今作がダンス・フロアに近い場所でつくられた内容になったのは、前作の反動だと言えますか?
「うん、当然の流れだったと思うね。前作を出した後、3年間ライブをしていく中で、『OBLIVION with Bells』には、ライブでプレイできる曲があんまりないな、って感じていたからね。だから、もっとフロアに根ざした、みんなで祝福できるような高揚感のある曲をやりたいって思うようになっていったんだ。この新作は、自分達がオーディエンスと一緒に盛り上がる喜びというものへの、強い欲求から生まれた作品さ」
【リミックスから発展したコラボレーション】
―今作は、従来作とは異なり、外部プロデューサー陣とのコラボレーションを軸にした作品となっていますね。このアイディアは、どこから生まれてきたものなんですか?
「僕らは、もともといろんな人達にリミックスをやってもらっているだろう? で、そのリミックスしてもらった自分達の曲を聴いてみると、すごく良いものが多いんだ。だから、そういったリミキサー達と、もっと深く曲について追求してみたいという気持ちを、以前から抱いていたのさ。でも、リミックスの場合は、リミックスをしたらそこで仕事は終了してしまうし、リミックスしてもらった曲をアルバムに収録することもできないよね。そこにもどかしさがあったんだ」
―確かにそうですね。
「だから、この新作では、アルバムを制作する前の段階から、そういったリミキサーの人達と制作のキャッチボールをしながら、一緒に曲を仕上げていきたかったんだ。そういう作業は、リックも何年も前からやりたがっていてね。今回は、それが実現できた。もっとも、僕らは、ブライアン・イーノと一緒に「Beebop Hurry」を手がけたり(編注:ザ・ミステロンズ=スティーヴ・ホール&ダレン・プライスとの共作コンピレーション・アルバム『ATHENS』(’09)収録曲。スティーヴ・ホールは、JBOの責任者としても知られる人物)、マーク・ナイト&D・ラミレスと一緒に「Downpipe」(’09)を手がけたりしてきたから、共作自体は珍しいことじゃないんだ。前作にも、外部の人を入れてつくった曲はあったから」
―では、コラボレート相手は、どのように選んでいったんですか?
「例えば「Scribble」は、もともと「You Do Scribble」というタイトルで、ライブではかなり以前からプレイしていた、ドラムンベースっぽいインスト曲だったんだ。でもリックは、“この曲をもっと若手のドラムンベース・プロデューサーに渡して、さらに曲を突き詰めてみたらどうなるんだろう?”って思ったみたいで、何年も前から注目していたハイ・コントラスト(リンカーン・バレット)に、コラボレートをお願いしてみることにした。そうしたら、彼も喜んで引き受けてくれたよ。マーク・ナイト&D・ラミレスに関しては、「Downpipe」を一緒にやったことが縁で、“また何か一緒にやろう”って話をしていたんだ。それで今回、「Always Loved A Film」と「Between Stars」の2曲をお願いしたよ」
―ダブファイア、ポール・ヴァン・ダイク、アップルブリム(スカル・ディスコ)&アル・トゥレットに関しては、いかがですか?
「ダブファイアとポール・ヴァン・ダイクは、スティーヴ(・ホール)が提案してくれたコラボレーターだったね。アップルブリムとは、以前にやった僕らのツアーでオープニング・アクトをやってくれたつながりがあって、僕らは彼がスカル・ディスコでやっていたことも好きだったから、お願いしてみた。基本的に、自分達の好きな音楽性を持った人達に、声をかけたんだ。そして、驚いたことに、みんな“イエス”と返事をしてくれた。特にポール・ヴァン・ダイクに関しては、声はかけてみたものの、どうせ忙しいから無理だろうって、半ばあきらめていたんだけど、“やるよ”って言ってくれてね。こういうアルバムをやってみて、とても良かった」
【自分達の世界が広がった制作作業】
―コラボレート作品にするという今作のコンセプトは、リックが決めたことだったんですね。
「アンダーワールドのプロデューサーはリックだからね。この新作の方向性も、リックが最終的に判断して決めたんだ。あと、今回リックは、ダニー・ボイル監督による『サンシャイン 2057』(’06)のサウンドトラックを手がけた時のような感じで制作を進めていきたい、とも言っていた。それはどういうことかというと、リックと僕が対等な立場で音楽に携わるということだね。だから、リックが曲の全てをまとめていくのではなく、僕も部分的に曲をまとめていったんだ。“ここの部分はこういう風にやるから、僕に任せて”って感じでね。要するに、リックが責任を一人で抱え込まないように、お互いが旗ふり役になって、交互に曲づくりを進めていったんだ」
―なるほど。
「実は『サンシャイン 2057』のサウンドトラックを手がけた時って、音楽をつくる前の段階で、結構口論になったんだ。お互いに意見が合わなくてね。それで、その時は、ある物事に対して自分はこう考えたということを、お互いに説明していくことで、意見の食い違いを解決していった。で、この新作では、そうやって意見をぶつけ合いながら作業していくことをやってみようって、リックは提案したんだ。お互いに意見を出し合いながらファイルを交換したり、作業を進めていくのって、やっぱりやっていてすごく楽しいんだよね。まぁ、そうは言っても、最後の仕上げはリックがやるんだけど(笑)」
―では、各曲のコラボレーターとは、具体的にはどういうやり取りをしていったんですか?
「まず、どの曲を誰にやってもらうか、といったことに関しては、スティーヴの意見を参考にしたよ。「Scribble」をやってくれたハイ・コントラストと、僕らのスタジオに来てやりたい曲を選んだマーク・ナイトの2組は、違ったけどね。で、その後のやり取りは、本当にリミックスをしてもらうような感じで進めていったんだ。僕らがつくった曲のデータを彼らに送って、それを彼らがつくり変えて戻してきて、今度は僕らがそれを聴いて、“いいねぇ。ただ、ここの部分はこうした方がいいんじゃないか?”って感じで、自分達のアイディアをさらに追加して戻すってやり方だった。ボーカルを入れてみたり、ビートを入れ変えてみたり、彼らが省いた要素をちょっと足し直してみたりしたな。で、それを彼らがさらにつくり変える。そういうやり取りを常に行いながら、曲を仕上げていったんだ。本当にキャッチボールみたいだった。でも、ポール・ヴァン・ダイクだけは、ずっと音沙汰がなかったよ(笑)。制作の終盤になって、“まだ間に合う?”ってやっと連絡がきたから、急いで2〜3回やり取りをして、曲を仕上げたんだ。「Diamond Jigsaw」は、そうやってできた曲だった」
―今回やり取りをしたコラボレーターの中で、一番興味深かったアーティストは誰でしたか?
「リック・スミスだね(笑)。30年も一緒にやってきたけど、彼を超えるコラボ相手なんて、いないよ」
―ですよね(笑)。ちなみに、今作の前に「Downpipe」でも一緒にコラボレートしているマーク・ナイトとは、近年かなり仲がいいんですか?
「マーク・ナイトとは、前作の「Beautiful Burnout」をリミックスしてもらった時に知り合ったんだけど、「Downpipe」の時は、彼の方から“自分達の曲で歌ってもらえないか?”って連絡をくれたんだ。最初は、“え?”って感じだったね。アンダーワールドじゃないダンス・トラックで、僕が歌を歌うことには、ちょっと違和感があったから。でも、リックが“大丈夫? できる?”なんて、逆に気をつかってくれて(笑)、“いやいや。曲を聴けば、それなりにちゃんとできるよ”ということで、トラックを持ち帰って、歌を入れて送り返したんだ。「Downpipe」は、自分達のライブでも披露しているんだけど、なかなかいい感じだよ。あれは、やって良かったね」
―「Downpipe」をやったことが、今作のアイディアにつながったということは、ありませんでしたか?
「“アンダーワールドを代表してちょっとやってくるよ”って感じで、外部の人と仕事をしたことが、自分達の世界を少し広げる契機になったのは確かだと思う。ジョン・ピールや自分達がやってきたラジオ番組と同じような感覚で、他の世界とクロスオーバーできるのは面白かったね。この新作で、外部の人とたくさん仕事をしてみて、リックと僕の関係は、結果的により強固なものになったと思う。これまでは、リックと僕の関係性をまず心配していたようなところがあったし、外部の人とコラボレートをしても、どうも上手くいかない部分があったんだけど、今回は違った。どのコラボレーションも上手くいった。おそらく、そういうタイミングだったんだろうね」
【新しいバンドに入った気分】
―今作のアルバム・タイトルである“バーキング”(barking:ほえる/どなる)という言葉には、どんな意味合いを込めているんですか?
「このタイトルは、アートワークをやっているジョン・ワーウィッカーが提案してくれたものなんだ。“バーキング”って言葉を聞いた瞬間、特に理由はないんだけど、“最高!”って感じたよ。僕らが拠点にしている英エセックス州に、バーキングって町があって、そこはかなり荒んだ地域なんだけど、歌詞を書く時にすごくインスピレーションを与えてくれる、味のある所なんだ。だからこのタイトルには、そういった僕らの地元に対する愛情も込められているよ。あと、この新作には、犬を引用した歌詞が結構あるから、“吠える”というところでも、何かピンとくるものがあってね。さらに、この言葉には、“イカれている”という意味合いもあったりするんだ」
―“バーキング”という言葉には、外の世界や新しい世界に向かっていくイメージもありますね。
「そう、そうなんだ。この新作のアートワークは、すごく色鮮やかなものになっているんだけど、これにはかなりこだわったよ。ジョンに、“とにかく元気な雰囲気にしてみて”ってリクエストしてね。今回は、これまでのアンダーワールドが展開してきたアートっぽいイメージはあえて忘れて、外向きでキャッチーなビジュアルにしたかったんだ。で、結果的にこのアートワークが完成した。気に入っているよ」
―ロゴマークも変えましたが、これには“アンダーワールドMK3”の時代が始まったという意味合いもあるんですか?
「そうだね。そういう雰囲気は、確かにあると思う。僕もそう感じている部分があるよ。新たなライブ・ツアーのリハーサルをやっていると、新しいバンドに入ったような気分になるんだ。リックもいるし、馴染みのスタッフも大勢いるんだけど、リハーサルをしていると、なんか新鮮な気持ちになるよ」
―最新シングルは、どの曲になる予定ですか?
「まず、「Scribble」を先行無料配信したのは、僕らにとってすごく大事なことだったと思っているんだ。“アンダーワールドが戻ってきたよ”ってみんなに知らせるのは、やっぱりすごく意味があることだからね。で、アルバムのリリースと同時に次のシングルを発表すると思うんだけど、どの曲にするかは、まだ決まってないな。アルバムをリリースした後、日本には10月にライブで戻ってくる予定だから、楽しみにしていてほしいね。今回は、幕張メッセのような大きな会場ではなく、もうすこし小規模な会場で数公演やる予定なんだ」
―どうしてですか?
「オーディエンスと近い位置でライブをすると、僕らはそのエネルギーの違いにすごく刺激を受けるってことが分かってね。ヨーロッパで、ロック・フェスに出た次の日に、<I Love Techno>や<Cocoon>なんかでライブをすると、本当に刺激的なんだよ。だから、そんな雰囲気のライブを、今回は日本でもやってみたいんだ。あと、僕個人は、8月25日からラフォーレミュージアム原宿でエキシビションも開催するから、よかったらのぞいてみてほしいね。このエキシビション用の音楽は、リックがつくってくれたんだ。初日には僕も顔を出して、ライブ・ペインティングを行う予定になっているよ」
interview & text Fuminori Taniue
translation Yuriko Banno